第5話 夏野、バイト初日でクビになる
こうも災難ばかりだと笑うしかない。これが赤の他人の人生だとするなら俺はそいつに心から同情するだろう。
とはいえ、笑っていられる現状ではないし、ただ俺は入店して来るソイツを真顔のまま、ひたすらに死んだような眼で見届けるしかなかった。
異世界でのアルバイト初日、就業時間も終了間近でまさかのトラブル発生。
いま、俺の目の前には強盗らしき人物が立っている。
「…………らっしゃ、せー……?」
無理やりな接客スマイルを浮かべる俺。その顔はひきつっていて、眼の端からじんわりと涙が滲み出てていた。相当に情けなくブサイクな表情をしていたことだろう。
「おい、お前……そこのレジから金を出しな」
男は上着のポケットから刃物をチラつかせて俺を脅した。
俺は極力それを見ないよう視線をずらし、店主から読むように言われた接客マニュアルの一文を脳内に#反芻__はんすう__#させ、それを口にする。
「あ、ええとぉ……両替をご所望でしょう……か? あいにくなのですが、当店では両替はお受けできないようになっていましてぇ……差し支えなければ向かい側にある銀行? みたいなところで? お願いしますぅ~……」
俺はチワワみたいに小刻みに震え、そして精一杯の猫撫で声で相手を宥めた。
「(ていうか、何でわざわざこっちに来るんだよ!? 店の前に銀行っぽいのあるじゃん! こんな閑古鳥鳴いてるようなとこじゃなくてさぁ! 向こうの方がガッポリ稼げるだろ!?)」
そう、店の斜向かい側には銀行らしき建物があった。レジ業務で異世界の通貨がどういった形状なのかわかったし、それと似たようなマークが刻まれた看板がその建物にも掲げ上げられていたのだ。
あれは間違いなく銀行だろう。大体雰囲気でもわかる。異世界でもああいう金融機関は必要なのだろう。
「(くそ……っ、客も店員も少ないからってこっちに来やがったな!? しかも店主がいない時を狙って? 強盗のくせにリスクを恐れやがってぇ~! お金に困ってんのはアンタだけじゃねぇってのにぃ! こっちは異世界に来て早々、既に死活問題なんだぞ!? あんたよりピンチなんだぜ!?)」
そんな風に思いながら冷や汗をダラダラ流す俺。
「おい、さっさとしろよ。誰か来たらどうすんだ? ええ?」
強盗は相変わらず刃物をチラつかせて俺を催促した。
接客マニュアルには強盗への対処の仕方は載っていなかった。
どうしたものかと思案する俺。そう言えば、この状態を乗り切る魔法の言葉が元の世界にあったと聞く。
ならば、試してみるか……!
「俺! アルバイトぉおおおお!!」
……結果、俺は一日でバイトをクビになった挙句、レジは強盗に持ち逃げされ、整骨院から帰って来た店主には「頼りないね」と失望されたのだった。
人生というのは理不尽の連続である。




