第43話 片桐夏野(15)、怯え泣く
「うぇっ!? マスター、なんで!?」
この状況が如何なるものか、とマスターは店内を見渡していた。
「…………」
マスターは俺や凛に視線を寄越したあと、騒ぎの元凶であるトカゲ頭のことをまっすぐに睨み据える。
「あ、アンタは……っ! なぜ、こんなところに……!」
マスターの登場にトカゲ頭がうろたえていた。
「そうか、お前か……俺の身内に余計なことをしてくれたヤツは。俺が誰だかわかってのことなんだよな? 手を出したからにはもちろん覚悟はできてんだろうなァ……!?」
「ひ……っ」
一気に顔色が青ざめ、トカゲ頭は手に持ったナイフを落としていた。トカゲ頭は明らかにマスターに恐怖している様子だった。
「いいかっ! そこを動くなよ、俺が行くまで!」
まさに鬼のような形相だった。
トカゲ頭は蛇に睨まれたカエルのように固まってしまっていた。レイさんの金縛りなんて目じゃないほどに。
マスターはトカゲ頭へと歩み寄ると、凛をそこから引き剥がした。いとも簡単に、赤子からオモチャを取り上げるよりも容易く。
「おわぁ」
解放された凛は間の抜けた声を出していた。彼女はマスターの腕の中で保護され、トカゲ頭は身を守るものが何もなくなってしまった。
「おい、お前、何か言い残すことあるか?」
マスターは拳を硬く握りしめていた。振り上げた拳は今まさにトカゲ頭の顎を粉砕せんと、ギリギリと音を立てていた。
「み、右側は……いま、虫歯の治療中なので、で、できれば左を……」
「ああ、わかった。俺から見て左な」
「…………」
容赦なかった。トカゲ頭の顔がいっそう青くなる。
「喜べよ。俺がじきじきに歯の治療してやるからよ」
「へ……?」
「レイさん、ちょっと避難しよっか。なんかヤバそう……」
「おう。そうした方が良さそうだな」
俺は嫌な予感がしたので、近くにいたレイさんを連れてマスターから距離を取った。
「いいか? 俺はいまからお前専属の歯医者さんだ。虫歯は抜いた方がいいだろ? というわけで……痛かったら右手を上げてくださいねぇ!!」
「ちょ、待っ……って、ぐぁああああああ!!」
拳に込められた高密度のパワーがトカゲ頭の横面に炸裂。パァン!と空気が割れんほどの音が鳴るや、トカゲ頭の顔面が真下の床に思いっきり叩きつけられた。
「…………わ」
トカゲ頭の顔面が大きく陥没していた。白目を剥いて口から泡を吹き、おまけにすべての歯がバラバラに抜け落ちている。
死んではいないだろうがギリギリといったところだろう。マスターの鉄拳で一発KOである。
「わ……ァ……ッ!」
「泣いちゃった……!」
俺はと言うとあまりの恐怖に泣いていた。
あやうくパンツがビチャビチャになるところだった。
マスターには絶対に逆らわないでおう、そう誓った日でもある。




