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第33話 丹波凛、くたばる

「ゼェ……ハァハァ……逃げ、んなぁ……ゼェゼェ……はぁはぁ……なつの……この、やろ……っ、逃げる、な……おえ……っ」


 打楽器女との鬼ごっこが始まった……と思いきや、開始から百メートルもない距離でヤツは思い切りバテていた。


 息切れを引き起こし、顔面蒼白でヨタヨタとふらついてる。


「おい、夏野。もう走んなくていいんじゃね?」


「ホントだ。あいつ、もうバテてる。体力ねぇな」


 運動音痴なのは前の一件でわかっていたことだが、これほどまでとは。


「ひぃひぃ……ふぅふぅ……」


 凛はついぞ足を止めて両手を膝に置き、その場で息を整え始めた。


 フルマラソンを走り終えた陸上選手みたいな疲れ方である。


「おーい、打楽器女。大丈夫かー?」


 俺は自分の方から凛に向かっていった。体力が尽きた凛など恐るるに足りず。


 だが、凛は俺が近寄って来るのを見るや、握っていた木刀を振り上げて襲いかかろうとした。


「この、まえの……くつじょ、くぅ……ここで晴らして……せしめ、たるやぁ……」


 振り上げた木刀を下ろすより先に、凛の体力が本当に限界を迎えたようで、風に吹かれて踊る紙切れのように、彼女はフラフラと前のめりに倒れた。


「あ、力尽きた」


 俺はそんな感想をもらしながら、うつ伏せに倒れた凛を見下ろす。


 その様は車に轢かれたカエルのようである。


「打楽器女~? 生きてるか~?」


 俺が声をかけて安否の確認を取ると、凛のお腹から「ぐぅ~」と間の抜けた音が鳴るのだった。


「おいおい、腹ペコかぁ?」


 凛のお腹の音を聞いて、レイさんがニヤニヤと笑っていた。


「らしいね。こいつ、どうしよっか? 捨てとく?」


「知らん。お前が決めろよ」


 とはいえ、凛をこの場に置き去りにしてどこかに行くのはためらわれた。いちおう、凛は女の子だし、マスターに頼まれていたこともある。


「打楽器女、お前……ちゃんとメシ喰ってんのか?」


「……うるさい、余計なお世話……」


 凛は顔を上げて俺を睨んだ。その顔は恥辱に真っ赤になっていた。


「くそ……っ、こんなはずじゃ……アルチュウまで夜逃げするなんて……しかも、私の稼いだお金まで持ち逃げしたから……昨日から、何も食べれて……」


 どうやら、他のパチモン仲間から置き去りにされていたアルチュウまで凛のもとから逃げたらしい。しかも、その時に彼女はお金を盗まれているとのこと。


「パチモンらを大事にしないからそうなるんじゃないの?」


「…………」


 凛は沈黙した。意識を失っているのかはわからないが、蝉のようにジッとうつ伏せになっている。


「……同情するなら、ごはん……おごってよ……」


 ようやく口を開いたかと思えば、凛は子供のように拗ねた口調で厚かましいことを言い出すのだ。


 ほんとうに手間がかかるヤツである。


 俺は肩に乗っているレイさんに目配せする。


「レイさん、悪いけどこいつ運ぶの手伝ってくれないかな。なんか適当に栄養でも補給させに行こう」


「ま、仕方ねぇか。足の方持ってやるよ」


 そういうわけで、俺とレイさんの手によって凛は担架のような運ばれ方をするのだった。

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