第32話 丹波凛、再び
「マスター、ただいま。買い出し終わりましたよ」
「おう、ご苦労さん。生ものは冷蔵庫にしまっといてくれ」
喫茶店に戻った頃には昼時のピークが過ぎ、店内の人が減って静かなものだった。
「それから夏野、今日はもうあがってもいいぞ。大して忙しくもねぇからな。いつも通り閉店業務はしてもらうが、それまで自由にしてな」
「あ、はい。ありがとうございます。お疲れ様です」
俺はマスターから今日の分の駄賃を貰った。
自由時間を迎えたので、俺はとりあえずレイさんと共に外出することにした。
とはいっても、求人情報の変化を確認したり、山菜や川で魚釣りをしに行ったりするくらいで変わり映えのないものである。
自然から賄えるものは調達するスタイルだ。そのために、図書館で野草に関する本を読み漁り、釣具なんかも自作した。マスターに頼めば閉店後の厨房を借りることもできる。
少ない稼ぎでどうにか生きる方法を模索し、俺はこの世界で暮らしている。
「夏野、お前さ。いま金貯めてんだっけ? 何に使うんだ?」
「ああ、俺の服ってこのジャージ一枚しかないんだよな。だから、呉服屋で何着か同じもの仕立ててもらおうかと思っててさ。その日のうちに洗濯して着回すのだって限界あるだろ?」
「ああ、そういえば毎日レモン石鹸でゴシゴシ洗ってたなその変な服。こだわりの一着なのか?」
「当然! このジャージという服はな。普段着はもちろん、寝巻きにも運動着にもなる万能な服なんだ! コンビニ行くくらいならこの格好で出歩いても全然いいんだぜ!」
「おお……そっか。コンビニが何かはわからんが、それしか着るつもりがないってこったな。一から呉服屋に仕立ててもらう方が金かかりそうなのによ」
レイさんはそう言って溜息を吐いていた。
異世界に馴染んで、元の世界のことを忘れてしまうのが怖かったのかもしれない。
俺は身に付けるものだけは変えたくなかった。それはこだわりというよりかは、安心を得るための行為にすぎないのだろう。
レイさんを肩車し、そんな会話を交わしながら街中を歩いていると、とある人物が現れる。そいつは俺を見つけるなり騒がしく叫びながら猛然とこちらへと駆け寄って来るのだった。
「なぁーーーつぅーーーのぉーーー!!」
デカいリュックサックを背負った黒髪セミロングの女子、丹波凛である。以前のことをまだ根に持っているのか、鬼のような形相である。
「しまった! ヤツだ! ヤツが現れやがった! レイさん、身ィ隠すぞ!」
「完全にめんどくさいヤツと出喰わした時のリアクションだな」
俺はレイさんを小脇に抱え直すと、回れ右して走り出した。
「おい、逃げんなぁ!! こらーーっ!!」
打楽器女は木刀を上段に構えながら、俺のことを追いかけ回すのだった。




