第31話 はじめてのおつかい
そういえば俺はマスターのことをよく知らないでいた。
彼の見た目から感じる印象としては……背丈があって筋骨隆々で、顎髭がセクシーなナイスガイ。人の良い性格の中に厳しさも内包していて、頼りがいのある雰囲気を醸し出している漢として憧れる存在。
だが、それは上部だけの情報だ。
好きなものや、喫茶店の経営以外は何をしているのか。それどころか、俺はマスターの名前すら知らないでいる。
「あの……マスターって……」
俺が彼のことを聞こうとした時——。
「あ、悪いな夏野。少し買い出しを頼まれてくれ」
マスターは俺にメモ用紙を一枚手渡した。
そこには、コーヒー豆の種類から量、小麦粉をはじめとした細かい食材がリストアップされている。
「あ、はい。さっそく行ってきます」
マスターのことはまた後で聞けばいい。
「レイさん、カモン。お買い物に出かけるよ」
「りょーかい」
俺は戸棚で#胡座__あぐら__#をかいて座っていたレイさん、幽霊が乗り移ったテディベアにそう呼びかけた。
レイさんは読んでいた雑誌を置くと、俺の肩に飛び移った。
とりあえず俺は頼まれたお使いを済ませに、エプロンを脱いで外に出た。近場の雑貨店に行けばすべて揃うだろう。
雑貨店といえばあそこだ。
「あ、いらっしゃい……って、ええ……?」
「ウス! 店長、お久し振りッス!」
夏野はあろうことか初日でクビにされた雑貨店を訪れたのである。
見覚えのあるジャージ姿に店主はびっくりしていた。
「お使い、頼まれて来たッス。お邪魔するッス」
「あ、おおう……そう、なのね?(ふつう、初日でクビにされた店利用するか? 気まずくて行けないだろ!? こいつの胆力どうなってんだよ!?)」
店主のおじさんは軽く動揺していた。
「おい、夏野。あの店主と知り合いか? なんか、お前が来てびっくりしてんぞ」
「うん、ここでバイトして初日でクビになったんだ!」
「無邪気に語ることじゃねぇだろ。ていうか……それでよくここを利用したな」
「え? ダメなの?」
「いや……ダメっていうか、普通は気が引けるっていうか……。いや、わかるだろ? 私の言いたいこと」
「……?」
夏野としては働いたことのある場所だから、何処に何があるか物の位置がわかりやすくて助かるというだけの話である。つまり、あまり細かいことは何も考えていないのである。
「じゃあ、また来るッス」
「あ、うん……(ええ~? また来るのぉ?)」
リストの商品を購入し終えた俺は店主に気さくにあいさつをしてから店を出た。店主は最後まで何ともいえない苦笑いを浮かべていた。




