第10話 夏野、マスターの優しさに感動する
喫茶店に戻った俺はすぐさまカウンターでカップを磨いていたマスターに詰め寄った。
「マスタぁあ!! 俺、ギルドのヤツらに狙われてるぅ!!」
「何だよ、帰ってきていきなりおかしなこと叫んで。腹でも減ってんのか? 外で水道水でも飲んでろよ」
「いやいや、ちょっと! 話くらいちゃんと聞いてくださいよ!」
「は? めんどくせぇな」
マスターは露骨に嫌そうな顔をしていた。
「温泉行ったらギルドの人がいたんだ! そしたら、そいつら異世界から来た転移者を探してるって! 俺ってば、手の甲に刻印なんかないし、変な生物も連れてるから怪しまれてるんだ!」
「へぇ、お前って異世界の人間なのかよ」
「なぜバレた!?」
「夏野、お前バカだろ」
腕の中にいる幽霊さんは俺を憐れむような視線を向けた。
「ていうか、その喋るクマのぬいぐるみは何だよ。何処で拾ってきたんだ?」
「あ、これは喫茶店の空き部屋にいる幽霊さんが乗り移ったボディです。ほら、幽霊さんマスターに挨拶して」
「おう、空き部屋に住まわせてもらってた幽霊だ。よろしくな旦那」
「(何がなんだか全然よくわからねぇ……)」
マスターは額を押さえていた。理解に苦しむことばかりである。
「それでマスター、俺はこれからどうしたら……? このままじゃ何処にも居場所がねぇよ……周りに転移者だってバレたらマスターにも迷惑かけちまう」
「おう、そうか……」
俺が涙ながらにそう訴えると、マスターは顎髭を撫でさすりながら少し考えた後に答える。
「そうだな……まぁ、初めからお前はただの変態のホームレスじゃねぇってことくらいわかってたしな。何かあんだろなと思ってたし、いまさら異世界からの転移者だって言われても驚きやしねぇけど……」
「変態だと思われていたのか……」
「鼻でハーモニカなんか演奏するからだろ」
動揺する俺に幽霊さんがすかさず指摘した。
「異世界人はたまに現れるってウワサだからな。俺はあんま興味ないし、別にお前を取って食おうだとか、ギルドの連中に引き渡したりするつもりなんかねぇから安心しろよ」
「ほんとにぃ?」
「おいおい、あのなぁ……」
マスターは溜息を吐いてカップを置くと、俺の目の奥を鋭く見据えた。
「そんなことして俺に何のメリットがあるんだよ? 面倒ごとなんて御免だし、それにギルドの連中にお前の身柄渡しても俺には一銭たりとも入らねぇんだぞ」
「じゃあ何ですか? 俺をこのまま匿ってくれるってことですか? 俺のこと秘密にしてくれるってことですか?」
「大人しくしてんならな。ただし、条件がある」
マスターは懐から葉巻を取り出し、それに火をつけると美味そうに吸い始めた。
「お前には店の手伝いをしてもらうぞ。居候をそのまま置いておくほど俺は甘かねぇからな。台拭きとか食器洗いとか、そういった閉店業務を毎日してもらう」
「マスター……」
俺はマスターの優しさに感動していた。
「お前、そのナリだとどうせバイト見つからなかったんだろ?」
「いえ、見つかりましたが一日でクビになりました」
「……………………お前なにやらかしたんだよ?」
「強盗が店に来てレジを盗んで行きました」
マスターはまた大きく溜息を吐いていた。
「……お前、ほんと持ってねぇヤツだな。わかったよ、ちゃんとやってくれんなら駄賃として500ゴールドくらいやる。一食分のメシくらいは食える額だからな。感謝しろよ」
「マスター……あんたって、周りからよく聖人だって言われない?」
「知らねぇな。ホラ、もう店じまいだ。とっとと台でも拭いてろ」
俺はマスターから雑巾を投げ渡された。店は九時には閉まるらしい。
束の間の安心を手に入れ、ホッとした俺はマスターに言われた通り業務に励むことにした。
だが、そんな閉店間近の時間に入口の方から鈴の音が鳴る。
喫茶店の入口、そこにいたのは俺とそう歳も変わらないような女の子だった。
「マスター、ごはん食べに来た。何か作ってよ」
これが俺と丹波凛のファーストコンタクトだった。
同じ異世界転移者である者同士の出逢いだ。




