見透かされた心
私とスチュワートさんは、楽士様の居住スペースである楽士棟へやってきた。
うぅ……みなさんの視線が痛い。
ただでさえ目を引くスチュワートさんに、謎の酒瓶を抱えた侍女の組み合わせなんて、そりゃあ物珍しくて仕方ないわよね……。
「その楽士様は、ミカエルと名乗ったんだね?」
「あ、はい、そうです」
あっ……そういえば部屋の場所聞くの忘れちゃったなぁ……。
どうしよう、いまさら知らないとか言ったら、また詰められそうだし……うぅ。
「彼の部屋は二階の角部屋だ」
そう言って何事もなかったように、棟の二階を見上げる。
「えっ⁉ な、なんで知ってるんですか……⁉」
「知っていなければならない立場だからだよ」
「ご、ごもっともで……」
鬼だ、やっぱり仕事の鬼だよ、スチュワートさんは……。
スチュワートさんのワーカーホリックぶりに畏れを抱きつつ、楽士棟の二階へ上がり、ミカエルさんの部屋の前に着く。
「ここだな」
スチュワートさんが私に目配せをする。
私はそっと扉をノックして、声をかけた。
「ミカエル様、マイカです……例の蜂蜜酒をお持ちしました」
なんだか、意味ありげな言い方になってしまった……。
恐る恐るスチュワートさんを盗み見るが、特に気にしていないようだった。
ホッとしていると、静かに扉が開く。
「すみません、わざわざ……あっ、これはスチュワートさん!」
ミカエルさんがスチュワートさんに気づき、頭を下げた。
「私のことはお気になさらず、それより中へ入ってもよろしいですか?」
「も、もちろんです! ささ、どうぞどうぞ!」
ミカエルさんに案内され、私とスチュワートさんは部屋に入った。
「おぉ……」
さすが楽士様だけあって、室内はモダンなインテリアで統一されていた。
やはり、こういう何気ないこだわりがある人だと、さぞかし奏でる音も違うんだろうなぁと勝手に納得している自分がいる……。
「これ蜂蜜酒です。お口に合うようでしたら、またお持ちします」
「本当にありがとうございます。良い香りですねぇ! 色も綺麗だし……」
嬉しそうにグラスを眺めるミカエルさんは、血色もよく、とても具合が悪そうには見えなかった。
「あれ? ミカエルさん、喉の調子良さそうですね?」
「あ、そうなんですよ! 不思議なことに、部屋に戻ったらすっかり治ってしまって……」と、照れくさそうに頭を触るミカエルさん。
うーん、そんなことあるんだろうか?
まあ、なんにせよ治ったなら良かった。
「ミシェル王子もご心配されていましたよ、くれぐれも体を大事にって」
「えぇっ⁉ お、王子がっ⁉」と、ほぼ顔が見えなくなるくらいまでのけぞった。
やっぱり、リアクションが大きいんだよね……。
すると、スチュワートさんが口を開いた。
「ミカエルさんのパートは、たしか……トランペットでしたよね?」
「わ、私のような者のパートまで、よくご存じですね⁉」
ミカエルさんが怖いものでも見たように目を大きく見開く。
「そんなに驚くことではありませんよ、執事なら知っていて当然ですから」
いやいや違うから、と心の中で突っ込みながら、私はふたりの会話に耳を傾ける。
「そ、そうなんですね……ただ、私はまだ演奏会に出られるようなレベルではなくて……一応、控えの奏者として参加させていただくことになっています」
「なるほど、そうでしたか……で、何やら楽器のトラブルが続いているとか?」
スチュワートさんは、チラッと私を見ながら言った。
「ええ、マイカさんにも相談させてもらったのですが、どうも調律が狂ってしまって……」
「調律ですか……あぁ、ライネルは里帰りでしたね」
「はい、いまから引き返したとしても、演奏会には間に合いません……」
ライネル? 調律師の人かな……。
スチュワートさんは、少し目線を斜め下に向ける。
そして、すぐに私の肩にそっと手を乗せると、
「ご安心ください、このマイカが解決してみせます」といきなりぶっこんで来た。
「ちょっ⁉ ス、スチュワートさん! いくらなんでも……」
今回ばかりは引くもんかと食い下がろうとした、その時――。
スチュワートさんが私の耳元でささやいた。
「侍女棟で使っていない倉庫がある」
「――⁉」
そ、倉庫⁉ なんと甘美な響きか……。
思わず顔を向けると、スチュワートさんがにやりと笑みを浮かべた。
「用途はこの私に一任されている。私としては必要な者に使ってもらうのが一番だと思っているんだが……」
スチュワートさんは、含みを持たせながら飴をちらつかせてくる。
「ぐっ……で、でも、解決なんて……」
いくら倉庫が魅力的だとはいえ、解決できる自信もないのに安請け合いはできない。
「もちろん、全責任を負わせるようなことはしないさ、できる範囲で構わない」
「……そ、そういうことでしたら……」
スチュワートさんはパンッと手を叩く。
「決まりですね――、ではさっそく調査を始めましょうか」
「あの、私も何かお手伝いさせてもらえませんか?」
「それでは、楽器が不調になっている方のリストを作っていただけますか? 名前と使用楽器だけで構いません」
「わかりました!」
ミカエルさんがぶんぶんと大きく頷く。
「では、よろしくお願いしますね」
スチュワートさんはミカエルさんに礼をした後、「行きますよ、マイカ」と部屋を出ていく。
「ちょ……」
慌ててミカエルさんにお辞儀をして、私はスチュワートさんの後を追った。
スチュワートさんって、絶対彼女を振り回すタイプだよね……。
外に出て、スチュワートさんの斜め後ろを歩きながら私は尋ねた。
「あの、もしかして、すでに原因がわかってたりします?」
「さてね……演奏会までまだ少しある。今日はここまでだね」
随分と余裕な感じだけど……ホントに大丈夫かな?
「本格的な調査は明日から始める。ロゼッタに通達しておくから」
「あ、はい、かしこまりました……じゃあ、私はこれで失礼します」
おぉ! やった、解放される……!
あの林檎の果実水美味しかったなぁ……。
そうだ! 帰りに、もうひと口いただいていくとしよう。へへへ……。
スチュワートさんにお辞儀をして、私が戻ろうとすると、
「マイカ」と呼び止められた。
「はい?」
「ここの果実水は楽士様用だからね」
そう言って、爽やかな笑みを浮かべるスチュワートさん。
か、完全に見透かされているっ――⁉
「こ、心得てますからっ!」
私は恥ずかしさの早足で逃げるように楽士棟を後にした。
* * *
侍女棟の自室へ戻り、ふぅーっと、一息をつきベッドに倒れこんだ。
「あー、疲れた……」
うーん、明日からのことを考えると憂鬱だなぁ……。
騎士団宿舎にもいい加減、荷物を取りにいかないと迷惑だろうし……。
やるしかないか……よしっ!
私はベッドから起きて、エイミーの部屋へ向かった。
誘っとかないと後が怖いもんね……。
エイミーの部屋の扉をノックする。
「はーい」
ガチャッと扉が開くと、「あー、マイカ、戻ってたの?」と出迎えてくれる。
「うん、さっきね。で、騎士団宿舎に行くけ……」
「待ってて!!!」
バンッと扉が閉まり、中からドタバタと騒がしい音が聞こえてくる。
うーん、そのテンションの上がり方がうらやましい。
すぐに扉がバーンッと開け放たれ、髪を後ろでひとつに纏めたエイミーが出てきた。
「どう? 騎士様の間で大人気っていう『清楚系』なんだけど?」
「う、うん、似合ってる」
「よっしゃぁ! いくよマイカ!」
私はエイミーにガシッと腕を掴まれ、騎士団宿舎に半ば引きずられるようにして向かった。