執事はすべてお見通し
騎士団宿舎を後にして、私は自分の持ち場に急いだ。
あぁ~、エミリー怒ってるだろうなぁ……。
ていうか、レオナルドさんにも引かれただろうなぁ……。
どう考えたって、女の持ち物じゃないし……ま、いっか。
制服を直しながら大部屋に入ると、同僚の侍女達が手分けをして掃除をしていた。
窓を拭いているエミリーを見つけて駆け寄る。
「ごめんね、エミリー! ただいま戻りましたっ!」
「……」
「エ、エミリー?」
エミリーは首をゴリゴリと鳴らし、ジトっとした目で私を睨んだ。
「マイカぁ……あんたが居ないのを誤魔化すのに、私がどれだけ苦労したと……」
「ほ、本当にごめんなさいーっ! 騎士団宿舎に荷物を預けてて……」
「騎士団っ⁉」
エミリーの顔がパッと明るくなった。
「ね、ね、ね、ね、レオナルド様はいらっしゃった?」
「あ、うん」
「はうぁ~っ! いいなぁ~、私もお話してみたいわぁ~!」
言いながらチラチラと私の顔を見てくる。
「もし良かったらだけど……荷物取りに行くとき一緒に――」
「行くっ!」
ガシッと私の手を掴み、エミリーは鼻息を荒くした。
あ、圧がすごい……。
たしかに、レオナルドさんはイケメンだけど、私は顔立ちが整いすぎていて、そういう対象として認識できないかも。
男性に興味が無いわけじゃないけど、何かを作ったり直したりしている方が楽しいんだもん仕方がないか……。
すっかり機嫌を直したエミリーと窓磨きに励んでいると、廊下にカツカツと規則正しい足音が響いた。
あっ、この足音は……!
侍女頭のロゼッタさんの見回りだ。
今日も赤茶色の髪は、美しいクラウンブレードに編み込まれていた。
色白で可愛らしい形のおでこに密かにあこがれを抱いている侍女も多い。
ロゼッタさんの登場と共に、廊下にいた侍女たちは皆、慌てて作業の手を早めた。
やばい、やばい……!
私も慌てて布巾を握り直す。
ロゼッタさんは厳しい人で、仕事のクオリティに対する基準が恐ろしく高い。
でも、自分に対しても厳しい人だから、怒られても皆から不満が出ることはない。
「マイカ、あなたの番です。こっちにいらっしゃい」
「は、はいっ! ただいま!」
エミリーが私を見て小さく頷く。
私もロゼッタさんにわからないように頷き返した。
* * *
ロゼッタさんの後ろに続いて自分の部屋の前に来ると、扉の前でスチュワートさんが待っていた。
「スチュワートさん、マイカを連れて参りました」
「ありがとう、これで最後だから君はもういいよ」
「かしこまりました。では、失礼いたします」
隙の無い所作で礼をすると、ロゼッタさんはその場を離れる。
私はロゼッタさんの背中に頭を下げた。
「ではマイカ、ドアを開けてくれるかな?」
「あ、はい……」
うわ~緊張するぅ~……。
そっとドアを開けて、スチュワートさんに「どうぞ」と小さく会釈をした。
「失礼するよ」
スチュワートさんは、部屋に入ると「ん~……」と、腕組みをしながら、片手で顎に手を当て、何やら唸り始めた。
「ど、どうかされましたか……?」
恐る恐る尋ねると、「いや」とだけ言って、また唸り始めた。
何だろう……まだ油の臭いがするのだろうか。
一応、臭い消しのハーブで誤魔化してみたんだけど……。
「――マイカ、君だね?」
「えっ?」
スチュワートさんが、面白い物を見つけたような目で私を見ている。
「隠さなくてもいい、噂には聞いていたが……随分、器用なんだね?」
「え、いや、その……」
「庭師のところにも出入りしているらしいじゃないか」
「……」
クスッと笑い、スチュワートさんが何を思ったか私の手を取り、口元に持っていく。
「えっ……ちょっ⁉」
な、なぜ、ここで手にキス……⁉
と、一人で悶絶しそうになっていると、スチュワートさんがクンクンと私の手の匂いを嗅いだ。
「うん、油の臭いがするね。もはや職人の手だ」
「ぐ……っ!」
ぜ、全然、嬉しくないっ……!
一人で恥ずかしがって馬鹿みたいだわ……。
「あの、一応、私も婚約前ですので、手を離していただけますか!」
照れ隠しもあって、ちょっと語気が強くなってしまった。
「ああ、これは申し訳ない。配慮に欠けていた」
「いえ、わかっていただければ結構です」
まだ少しほっぺが熱い……。
くっそ~っ、何か負けた気がする……。
「もう、わかっていると思うが、部屋を確認したのはクッションを作った者を探すためだ。隠さなくてもいい、君だね?」
「……は、はい」
スチュワートさんが小さく頷き、部屋の中をゆっくりと歩きながら続ける。
「物作りが好きなのかな?」
「あ、はい……趣味でして……」
「それは素晴らしい。実は、あのクッションを、国王様が偉くお気に入りになられてね。一度、作った者に会いたいと仰っている」
「ええぇぇーーーっ⁉ こ、こここ……国王さまがぁ⁉」
ど、どうしよう!
私、ただの侍女なんですがっ⁉
「まあまあ、そんなに気負うことはない。他の国ならいざ知らず、このバルティスがアットホームなのは君も知っているだろう?」
「そ、それは、そうかも知れませんが……」
部屋の中を見回しながらスチュワートさんが続ける。
「なあに、謁見の合間に少しご挨拶するだけだ。運が良ければ褒美をもらえるかも知れないぞ?」
「褒美⁉ あ、いや、畏れ多いといいますか……」
「そういえば、この部屋の造り……他の部屋と違うね。窓枠も隙間が無いように直してあるし、テーブルも椅子もグラつかない。見慣れないタンスまである。そのような届け出はなかったと思うんだが……」
「そ、それは……」
オロオロと言葉に詰まっていると、スチュアートさんがたたみかけてくる。
「どうも荷物があった形跡があるなぁ、しかも大量に。この辺で預けられるとしたら……騎士団宿舎、なんてね?」
全侍女憧れの鋭い瞳を向け、ニヤリと笑みを浮かべるスチュアートさん。
か、完全にバレてる……。
「すみません……悪気はなかったんです……」
この数分で頬がこけた気がする……。
うぅ、もう、すべてを忘れて眠りたい……。
「ははは! 別にそんなことで怒りはしないさ。どうだろう? 荷物を預かってくださった騎士団の方々に、お礼が必要になるんじゃないか? 国王様にお会いすれば、そのご褒美でお礼ができる、一石二鳥だと思わないか?」
たしかに、あんな臭い荷物を預かってもらったのだ。
相応のお礼をしなければ……。
「……ご挨拶だけですよね?」
「ああ、もちろん! よし、決まりだ。では、日時はロゼッタに伝えておく。当日は私が側に付いている。じゃあ、頼んだよ――」
「わかりました、よろしくお願いいたします」
私はスチュアートさんの背中に向かって、深くお辞儀をした。