下見
――パリンッ!
壁に当たったワイングラスが砕け散った。
「もういっぺん言ってみろガメッセ!」
「ひぃ⁉ す、すみませんオライリー様……!」
ぶるぶると震えながら、ガメッセは絨毯に額を擦りつけた。
「チッ……まんまと金づるを逃がしおって……」
「申し訳ございません! ただ、相手はバルティスの騎士団です……私どものような素人では……」
「フンッ、普段の威勢の良さはどこへ行った? まあ、あの騎士団の団長は腕が立つと噂だ。お前らでは相手にならんだろうな」
「は、はい、その通りでございますっ! 敵いっこありませんっ!」
オライリーは汚いものでも見るように、ガメッセの後頭部を一瞥し、机から一枚の封書を手に取り、ガメッセの前に投げた。
「読んでみろ」
「は、はいっ!」
ガメッセは封書を開け、中の手紙を読む。
「こ、これは……演奏会?」
「そうだ、バルティスの次期国王であるミシェル主催の演奏会だ……ククク」
「それは楽しみなことで……」
手を揉みながらオライリーの顔色を窺うガメッセ。
「この阿呆がっ!」
「ひぃ⁉」
わけがわからないと、ガメッセは慌てふためく。
「こいつらの面子を潰すチャンスだろうが! そんなこともわからんのか!」
「そ、それは名案です! して、誰が……」
「お前に決まっておるだろうが!」
「わ、私がですか⁉」
いくらガメッセが力を持つと言っても、それはあくまで子爵領での話。
他国に行けば、一介の商人である。
「他に誰がいるというのだ……。まったく、私は貴賓として招かれておる。お前は私の側近として参加し、演奏会を台無しにしてやれ」
「そ、そんなことをしたら……」
青ざめるガメッセ。
「できないと言うのなら、いまここで私が引導を渡してやるぞ?」
ゆらりと近づいてくるオライリーに、ガメッセは慌てて後ずさった。
「あ……ああ……」
「なぁに安心しろ、あの国は賊を殺すようなことはせん。なんせ獣人を庇うような軟弱な国だからな……ハーッハッハッハ!」
「はは、あはは……」
ガメッセは引き攣った顔で愛想笑いを浮かべる。
もう後戻りはできなかった。
* * *
ヤンとダン、そしてロウが外庭を歩いていた。
「しかし、夢みたいだなぁ……ホントに家まで用意してくれるなんてよ」
「ああ、しっかり恩返ししないとな」とヤン。
「ふたりとも、見て。キングビーが飛んでる」
「おぉ……素晴らしい」
「ロウ、ここってキングビーが生息してるのか⁉」
「驚くよね、ボクも来たときにびっくりした」
「ははっ、こりゃ成功したも同じだな、どうやったって旨い蜜ができるぞ!」
ダンが嬉しそうにキングビーを目で追う。
「でも、ロウ、本当に王宮の敷地内で構わないのか? ご迷惑では……」
ロウがふるふると顔を横に振った。
「スチュワートさんが外庭なら問題ないからって」
「ふぅん、話のわかる人だよなぁ……」
ダンは両手を頭の後ろで組んでいる。
「巣箱はどうする?」
「あっちの林に巣があるから、あの建物の裏側とかどうかな?」
「いいんじゃねぇの、距離も十分だろ」
「そうだな、ちょうどいい高さの木もある」
「うん、アカシアだよ」
「ああ、なるほどな、それであの蜂蜜を作ったのか」
「いいアイデアでしょ?」
「ああ、さすが宮廷養蜂家だ」
ダンが茶化したように言う。
「もう、からかわないでよ」
「悪ぃ悪ぃ」
三人で笑う。
「よし、裏手に行ってみよう」
「そうだね」
「おう」
建物の裏に着くと、何やら音が聞こえてきた。
「ん? 何の音だろう?」
「あ、これ、楽器ってやつじゃねぇか?」
「この建物から聞こえてくるな……」
三人で建物を見上げていると、スチュワートがやってきた。
「ロウさん、みなさんもこちらにいらっしゃいましたか」
「スチュワートさん⁉ こ、こんにちは!」
「お世話になっております!」
「ど、どうも!」
三人がカチコチになって挨拶をすると、スチュワートは眉をハの字にする。
「や、やめてくださいよ、もっと気楽にしていただいて構いませんから……」
そう言って、「この音が気になりますか?」と尋ねた。
「これは何の音ですか?」
「ここは奏楽舎といって、音楽を鑑賞する場所なんですよ」
「奏楽舎……」
「音楽か、どんなものなんだろうなぁ……」
三人は感心しながら、建物を見つめる。
「それはそうと、この後、みなさんで集まっていただくことはできますか?」
「えっ? は、はい、いつでも大丈夫ですけど……」
「ありがとうございます、それでは、後ほどマイカを迎えに行かせますので」
「あ、はい! わかりました!」
スチュワートは軽く会釈をして、その場を去って行った。
奏楽舎からは調律をする音が鳴り続けていた。




