ロゼッタ
倉庫を出たロゼッタが廊下を歩いて居ると、少し先の柱のところにスチュワートが立っていた。
スチュワートはロゼッタが視界に入ると、向き直り、まるで本当に喜んでいるかのような笑みを向けてきた。
この男がこういう笑い方をする時はろくな事が無い……。
ロゼッタは小さく息を吐くと、丁寧に頭を下げ、そのままやり過ごそうとする。
――が、悪い予感は的中した。
「やあ、ロゼッタ。どうだい? 何か困ったことはないかな?」
「いえ、スチュワート様、万事滞りなく……」
軽く膝を折って返すと、スチュワートは「そう」と答え、
「二人の時はそんなに畏まる必要はないよ」と少し砕けて見せた。
「いえ、何か御用でしょうか?」
ロゼッタは冷たい眼差しを向ける。
それはロゼッタなりの拒絶を表していた。
しかし、スチュワートは意に介さない。
「やれやれ、君に隠し事はできないね……実は折り入って頼みがある」
「……頼み? 指示ではなく?」
「ああ、そうだ」
「ではお断りいたします」
「い、いや! ちょっと待ってくれよ、はあ……君は昔からそうやって私を毛嫌いするね?」
「貴方を毛嫌いしているのではありません、貴方の持ってくる厄介事を嫌っているだけです」
「……はは、まいったね」
スチュワートはお手上げだと言わんばかりに肩をすくめた。
「そうやって、表面上だけで負けた振りをするのは貴方も昔から変わりませんね。今も内心ではどうやって私に承諾させようか策を練っているのでしょう?」
「……どんな策だと思う?」
「さあ? 興味ございません」
ロゼッタはそれだけ答えると、
「では、私はこれで」と、足早にその場を離れた。
「君じゃない、深紅のロゼッタに用がある――」
その瞬間、ロゼッタのスカートが宙を舞う。
白く長い脚がスチュワートの顎先を目がけて襲ってきた。
スチュワートは上体を反らせ、寸でのところでそれを躱す。
躱された脚を振り子のようにして、今度は逆の脚が下方から間髪入れずに襲ってくる。
スチュワートは両腕をクロスにして、それを受け止めた。
「くっ……! 相変わらずだな……」
片膝をつき、苦々しい顔でロゼッタを睨むスチュワート。
そして、そのスチュワートを見下ろすロゼッタ。
「あら、呼んだのは貴方でしょう――
泣き虫賢者殿?」
「そ、その呼び方はやめろ!」
「なら、貴方もやめてくださる?」
「わかった、すまない……この通りだ」
冷静さを取り戻したスチュワートが、降参だとばかりに両手を挙げる。
そして、そのままロゼッタに訴えかけた。
「ただ、殿下が関わる緊急の要件なんだ、話だけでも聞いてくれないか?」
ロゼッタはやれやれと言った顔でスカートを払う。
「スチュワート様もお人が悪い……それを早く仰っていただけますか?」
* * *
ミシェル王子の私室に、懐かしい三人が顔を合わせていた。
「ロゼッタ、来てくれてありがとう」
「滅相もございません」と、ロゼッタは目を伏せ、膝を折る。
「悪いけどね、少し調べさせてもらった。君はバルティス騎士養成学校、36期生の中でもとびきり優秀であったと聞いた」
「いえ、過大評価でございます、殿下」
「そうかな? この二人は君を評価しているようだけど?」
そう言って、ミシェルはリチャードとスチュワートを見る。
「そうだぜロゼッタ。俺はお前に一度も勝てなかっただろ?」とリチャード。
「誰かと思えば、首なし剣聖でしたか――」
「おっと、懐かしい、学校以来だな、はははは!」
「首なし剣聖とは……リチャードのことか?」
「ええ、俺の訓練生時代のあだ名です殿下。まあ、簡単に言えば剣技だけの『能なし』ってことです」
「深紅に首なし剣聖か……スチュワートは? 何かあったのか?」
ミシェルに言われ、一瞬、スチュワートの眉間がピクリと動いた。
「あー、殿下、そいつは聞かない方が……」
「泣き虫賢者です、殿下」とロゼッタが平然と答える。
スチュワートは無言のまま前を向いていた。
「ま、まあ、昔話もいいが、本題に入ろう」と、ミシェルは話を変える。
「話というのは他でもない。私が主催する演奏会についてだ――」
そう切り出し、ロゼッタを見つめるミシェル。
「警備を担当する予定だったレオナルドが、家の都合で招待客側となってしまったのでな……当日の警備を任せられる者がいないのだ」
事務机に座るミシェルは、顔の前で両手を組み短く息を吐いた。
そして、席を立ち、ロゼッタの前に立つ。
「単刀直入に言おう、ロゼッタよ、演奏会の警備を君に任せたい……引き受けてもらえるだろうか?」
ロゼッタを除く全員が緊張した面持ちで成り行きを見守る。
ややあって、まっすぐなミシェルの目を見返し、ロゼッタは美しいカーテシーを見せた。
「――ロゼッタ・ソーンブライト、演奏会警備の任、たしかに承りました」
「おぉ! いいのか⁉」
「はい、主君の命に従うのが侍女の勤めでございますから」
「なんだ、心配して損したぜ。これで一安心だな、スチュワート」
リチャードが軽口を叩くと、
「そもそも、これは貴方の仕事では?」とロゼッタがリチャードを見ずに言った。
「面目ない……」
「ありがとう、ロゼッタ、本当に助かるよ。しかし、君ほどの実力を持ちながら、なぜ侍女の道を選んだんだい?」
「殿下、私は争いが嫌いです」
リチャードとスチュワートが目を丸くしてロゼッタを見た。
「おいおい、人のことをあれだけ叩きのめしておいてそりゃねぇだろ?」
リチャードが呆れたように頭を掻く。
「降りかかる火の粉を払っただけです」
と、ロゼッタは澄まし顔で答えた後、スチュワートに目を向ける。
「もっとも、スチュワート様にはかないませんでしたが」
一応の上司であるスチュワートを上げたのは、ロゼッタなりの気遣いだったのかも知れない。
「そうか、それを聞いて安心したよ」
「?」
ロゼッタはその真意を推し量るようにミシェルを見る。
「警備は争いではない。皆を守る任務だからね。優しい心を持つ君になら、私も安心して任せられる」
「殿下……」
「では、スチュワート、諸々の調整は頼んだぞ」
「はっ、かしこまりました」
「リチャード、ロゼッタに協力を」
「了解しました、殿下」
リチャードは胸に手を当てて礼を執った。
「では、皆で演奏会を成功させよう」
「「「はっ」」」
三人は再び礼を執り、ミシェルはそれに応えた。




