石けん作り
仕事終わりに、私はエミリーとヴァイオレットと一緒に倉庫に来ていた。
すでに清掃を終え、私好みの作業部屋へと変貌を遂げている。
「へぇ~ここがマイカの倉庫?」
「すごいじゃん! いいなぁ~!」
「ふふふ……お二人さん、私もそれなりの対価は払ってますからね」
「うむ! よく頑張った、えらいぞ!」と、エミリーが頭をポンポンしてくれる。
「あんたどの位置から言ってんのよ」
すかさずヴァイオレットの突っ込みが入る。
「「あははは」」
「で、石けんってそんな簡単に作れんの?」
「私のやり方なら意外と簡単だよ」
「ほぉ~言うねぇマイカくん」
ヴァイオレットが冗談っぽく横やりを入れる。
「この日のために、ちゃんと灰を集めておきましたー!」
私は灰が入った樽に手を向ける。
「「おぉ~!」」
二人は拍手をしながら感嘆の声を漏らす。
「灰? なにするの?」
「だ、だよね……あはは、これはね暖炉とか木の灰なんだけど、ほら見て、樽の底に小石と布でフィルターを作った上に灰を入れてるのよ」
「へぇ……」
「で、この上からこの水を少しずつ入れるの」
私は用意しておいた水に手を向けた。
「わたしやる!」とエミリー。
「じゃあ、お願いね。一気に注ぐと、うまく成分が溶け出さないから、ゆっくりね」
「ふーん、よくわかんないけど、ゆっくり入れればいいのね?」
エミリーはそっと水を樽の中へ注いでいく。
「良い感じ良い感じ」
「ほんと? へへへ」
しばらくして、エミリーが水を入れ終わった。
「で、水が入っていた樽で、この灰汁を受けるの、見てて」
私は樽の下部にある栓を抜いた。
灰汁が水の樽の中に注がれていく。
「これで完成?」
「ううん、これを繰り返すの。とりあえずもう一回やろう」
「じゃ、次は私ね」と、ヴァイオレットが髪を後ろで一つに結んだ。
ヴァイオレットはそつなく灰汁を再び樽の中へ注いでいく。
「ゆっくり……ゆっくり……っと」
「うん、OK。じゃあまた抜きまーす」
私はまた栓を抜き空いた樽に灰汁を注いだ。
「で、ここからは卵を浮かべて、灰汁の濃さを調べるの。コインくらいの大きさで頭が見えるくらいが丁度いい濃さかな」
私は卵を静かに浮かべた。
卵はゆっくりと沈んでいく。まだアルカリの濃度が足りない。
「じゃあ、もう一回」
それから同じように、またエミリーとヴァイオレットが入れ終わり、濃度を測ると、ちょうど良い濃さになっていた。
「あ! ほんとに浮かんでる!」
「ほんとだわ」
「ね? これで灰汁は完成!」
「「やったぁ!」」
「じゃあ、次はいよいよ油を……」
――その時、倉庫の扉が開いた。
「貴方達、何をしているの?」
「「「ロ、ロゼッタさん……」」」
ロゼッタさんは倉庫の中に入ってくると、灰汁の樽を覗き込んだり、作業部屋へと変貌を遂げた倉庫内をぐるっと見回した。
「マイカさんは本当に器用なのですね……」
「「「⁉」」」
思わず、三人で顔を見合わせた。
ロゼッタさんの予想外なリアクション……!
「これは何を作っているのですか?」
「あ、はい……せ、石けんを少々」
なんだ少々って !と、言った後に後悔する。
「……わかりました、もし、火を使うようなら目を離さないように。いいですね?」
「「「はいっ!」」」
「では、私はこれで。明日もありますからほどほどに」
「は、はい、ありがとうございます!」
「「ありがとうございます!」」
三人で深くお辞儀をする。
パタンという音でエミリーがその場に崩れ落ちた。
「エミリー!」
「う、うん、大丈夫、緊張が一気に解けちゃって……」
私とヴァイオレットはその言葉に激しく頷いた。
わかる、わかるぞ、友よ!
「いやぁ、でも優しかったよね?」
「うん、びっくりした」
「でもミステリアスで格好いいわよねぇ……孤高って感じ」
「でましたっ! ヴァイオレットの孤高好き!」
エミリーがからかうように言った。
ヴァイオレットは昔からロゼッタさんのようなバリキャリ系の女性に弱いのだ。
「もぅ! ほら、マイカ、次は?」
「うん、じゃあ火を使うから、この作業は慎重にやろうね」
「任せて」
「おっけー!」
「じゃあ、みんなこれを着用しましょう!」
私は防護エプロンと手袋、そして網の着いた帽子を渡した。
「えーなにこれー」
「ロウさんの帽子みたいじゃん」
「絶対、顔や肌につかないようにしないとね。成分が強いから危ないのよ」
「えっ……」
「そうなんだ……」
ふたりはいそいそとエプロンと手袋をはめ、帽子を被った。
「さぁ、ここからはチーム戦! ひたすら同じ方向に混ぜるわよ!」
「「おーっ!」」
「まずは私がやるから二人は見て覚えてね」
「「はーい」」
魔導コンロに火を付け、鍋の中に魔獣の油を小さじ1杯と、オリーブオイルを入れる。
「そのちょびっと入れたやつは何?」
「これは魔獣の油、これを入れると普通の石けんよりもなめらかな泡になるの」
「へぇ~! そうなんだ!」
「ほんとマイカってどこでそんなこと覚えたの?」
「へへへ、モレットさんや図書館で読んだ本から実際に試してみて……かな?」
「「ほぇ~……」」
エミリーとヴァイオレットは二人並んで感心したような声を出した。
「さてさて、いくよ~」
私は大きめの木のヘラをすーっと横に線を引くように動かす。
「こうやって、端まで行ったら、最初から。戻るときはヘラを一旦上げて、もう一度やり直す、っと……」
「へぇ~」
「なんでかき混ぜちゃ駄目なの?」
「かき混ぜると空気がいっぱい入るから、出来上がった石けんがスカスカになって、水に濡らすとすぐに溶けてドロドロになっちゃうのよ。せっかく作るんだから、長持ちして、しっかりした石けんにしたいでしょ?」
「「おぉ~」」
二人がうんうんと頷いている。
ふふ、ちょっと先生になった気分。
「さぁ、同じリズムで一定の方向へ。こうやってあげると、油と灰汁の成分が安心して仲良くなれるって感じかな」
「へぇ~、早く混ぜると駄目なんだ」
「ムラができて質の悪い石けんになっちゃうのよ」
二人は真剣に私の手元に見入っている。
「あ、二人とも用意してきた?」
「うん! わたしはねぇー、オレンジ! ほら、マッシュさん料理するからあまり匂いのきつくないのがいいかなって」
「おぉ~、エミリーらしからぬ気遣い!」と、ヴァイオレット。
「ちょっと、どういう意味よ!」
「あはは、冗談冗談、私はマイカにもらったローズマリーの香油、これ気に入ってるのよねぇ~」
「マイカは?」
「私は、ロウさんの蜂蜜、肌にやさしくなるかなーって」
「へぇ~良さそう!」
「うんうん! いいねぇ~!」
それから、私たちは交代しながら石けんの元となる液を混ぜていく。
「あっ⁉ ねぇ、マイカ、なんかお餅みたいになってきたよ!」
「うん、いいわね。こんな感じで砂浜に線を引くような感じになったらOKかな」
「やった……!」
「疲れたねぇ……」
「さぁ、お待ちかね、三等分してそれぞれのアイテムを混ぜますよー」
「ヴァイオレットの良い匂いがするぅー!」
「エミリーのも爽やか~!」
私はモレットさんに頼んで準備しておいた木枠を用意する。
「はい、これに流し込んでー」
「おっけー!」
「うわぁ、ケーキ作ってるみたいねぇ」
「じゃあ、木枠に入れたらこの毛布の上に置いてくれる?」
「毛布?」
二人は不思議そうな顔をして毛布の上に木枠を置いた。
私の木枠も置いて、毛布でくるんでしまう。
「えっ⁉」
「ふふ、こうしてね、保温しながらゆっくり固まるのを待つの。さ、これで今日の作業はおしまいです、みなさんお疲れさまでした」
私はぺこりと頭を下げる。
「「お疲れ様でした~」」
「へへへ、楽しみ~! いつできるの?」
エミリーが帽子を脱ぎながら言う。
「固まったら使いやすい大きさに切って、そこから日陰で一ヶ月くらい寝かせる感じかなぁ」
「い、一ヶ月⁉」
「そんなにかかるの⁉」
「うん、成分が良い感じに抜けて、肌に優しい石けんになるの。使えるのはまだ先だけど、待つ時間も楽しいでしょ?」
「うー、早く使いたいのに……」
「まあまあ、一ヶ月なんてあっという間よ」と、ヴァイオレットがエミリーを宥める。
「じゃあ、片付けよっか?」
「うん」
「そうね」
 




