幼馴染み
ミシェル王子の私室に、スチュワートとリチャードが一連の報告に来ていた。
「ってなわけで……ツイデーガメッセ商会は無関係だとシラを切ってましたね」
リチャードの言葉に、ミシェルは小さく頷いた。
「その方がこちらとしても好都合だろう。これで彼らが我が国の蜂蜜に難癖を付けて来たとしても、世論はバルティスに向かざるを得ない。なんせ、貴族は他人事であればあるほど、高潔を好む者が多いからな」
「ひゅ~、言いますねぇ王子」
「リチャード、その物言いは不敬だ」
「おっと、これは執事殿、失礼しました」
「ふふっ、この部屋の中なら構わんよ。そういや二人は幼馴染みであったな?」
「ええ、こんな風ですが、いっつもいじめられては泣いてましてねぇ、この俺が助けてやってたんですよ」
「貴様……死にたいのか?」
「ほぅ、俺にそんな台詞を言えるのはお前だけだぜ?」
「こら、やめないかふたりとも!」
「はっ」
「失礼いたしました」
二人は背筋を伸ばして答えた。
「はあ、で? スチュワート、ロウの方は問題ないか?」
「はい、すでに用意した新居の部屋割りも決まり、来週より本格的に養蜂の準備に入るとのことです」
「うむ、順調だな。さて、演奏会の件だが、招待客から返事が来ている。こちらも精査して返事を出しておいてくれ」
「かしこまりました」
「ああ、リチャード、お前のところの副団長……何と言ったか……」
「レオですか?」
「レオナルドです」と、スチュワートが言い直す。
「そう、そのレオナルドの両親が演奏会に参加する」
「あぁー、そういや、あいつの家、伯爵家だったっけ?」
スチュワートの方へ顔を向けるリチャード。
スチュワートは前を向いたまま、「名門レオナルド伯爵家だ、部下の家門くらい覚えておけ」と、言い捨てた。
「そういうわけでな、当日の警備からレオナルドを外さなくてはならないんだ」
「かーっ、マジか……」
リチャードが額に手を当て、下を向く。
「殿下、正直なところ、レオナルド副団長を外すとなると、現場警備の仕切りを任せられる者がおりません……」
「おいおい、俺の前で言うか、普通……」
リチャードが恨めしそうにスチュワートを見る。
「リチャードでは駄目なのか?」とミシェル。
「論外です」
きっぱりと答えるスチュワート。
「スチュワート! 黙って聞いてりゃこの……」
「リチャード、いいから落ち着け」
ミシェルがリチャードを宥めると、スチュワートは仕方ないといった感じで説明を始めた。
「この強いだけが取り柄の男では、細かい変化に気づけません。警備は仕掛けられた罠や、相手の違和感、臨機応変な対応が求められます。行き当たりばったりで力任せのゴリ押しと各個撃破しか能の無い彼では力不足でしょう。良くも悪くもこの男は大局向きなのです」
「……」
リチャードはすでに反論する気概も失せた様子で、呆然と立ち尽くしている。
「だ、だが、今更予定は変更できんぞ? 誰か当てはないのか?」
「スチュワート、お前がやれ」
リチャードが言うと、
「はあ……私ができると思うのか? ただでさえ殺人的にタスクを抱えている私が!」と返す。
「ま、まあ確かにそうだな……」とミシェル。
「ん? ちょっと待てよ……あいつ、何て言ったか……」
リチャードが手を向けながら何かを思い出そうとしている。
「そうだ! ロゼッタだ! 深紅のロゼッタなら安心して任せられるじゃねぇか!」
そう言って、スチュワートの肩を叩いた。
表情を変えず肩に乗った手を払うと、スチュワートは、「確かに……彼女なら……」と考えこむ。
「おぉ! そのロゼッタとはどのような者だ?」
「はい、ロゼッタは私とリチャードが訓練生の頃、同期生であった者です。現在は、侍女頭として従事しております」
「じ、侍女頭?」
ミシェルが訳がわからないといった顔で二人を見る。
「王子、ロゼッタって女は下手すりゃ俺より強いんです」
「そ、そんな事があるのか……?」
信じられないといった顔でスチュワートを見るミシェル。
スチュワートは、ゆっくりと頷いた。
「一対一の個人戦ならリチャードが勝つでしょう。ただ、戦争で敵将がロゼッタだった場合、十中八九、勝つのはロゼッタです」
「そーいうこと、あいつ嫌になるくらい人を使うのが上手くて、頭が切れるんだよなぁ……結局、模擬戦であいつに勝てたのはスチュワートだけです」
「な、なぜそんな者が侍女頭に……?」
「本人の強い希望でして」
「そ、そうか、希望か。ならば仕方ないな……」
ここで希望と聞いて納得するのが王子の良いところだなとリチャードは微笑む。
「そういうわけで王子、説得はスチュワートに任せましょう」
「おい!」
「すまん、スチュワート……お前からロゼッタに頼んでみてくれないか?」
「……かしこまりました、ですが、あまり期待はされませんよう」
スチュワートは丁寧に頭を下げる。
「わかった。私も誰かいないか探してみよう。では、二人ともさがってよい――」
「はっ」
「失礼いたします」
二人は礼を執り、ミシェルの私室を後にした。




