代償
「ちょっと、声が大きいわよ!」
「あ、ごめん……」
泥棒って……もしかして……。
いやいやいや、私はクッションを置いただけだし、何も盗んでいない。
「スチュワートさんが全員の部屋をチェックするらしいけど大丈夫? マイカ、変な物ばかり集めてるから……」
「うぐっ……。ま、まあ、たしかに……」
ただでさえ、色んなところからもらってきた物でいっぱいだし、部屋も改造しちゃってる。困ったなぁ……これは余計な誤解を生みそうだ。
あれこれ頭を悩ませていると、スチュワートさんが広間に入ってきた。
「遅れてすまない――」
侍女達の「ほぅっ……」という心の声が聞こえる。
今日も作画が安定しているなぁ~。
執事服がこんなにも似合う人ってそうそういないだろう。緑髪っていうのもポイントが高いのかも。
スチュワートさんは集まった侍女達に目を向け、よく通る声で言った。
「すでに皆も聞いていると思うが、昨夜、この宮廷に何者かが侵入した形跡があった。幸い、被害はないと報告を受けているが、今一度、各自で何か盗まれたり、不審な物が増えてないか点検をするように」
「「はい!」」
「よろしい。では、本日の仕事終わりに、各自の部屋を私が最終確認をする。プライベートな物があれば、事前に侍女頭のロゼッタに預けるようにして欲しい」
「「はい!」」
「では、本日も丁寧な仕事を心がけるように――以上」
スチュワートさんがその場を離れると、皆が一斉に持ち場へ移動を始める。
「ねぇ、マイカどうすんの? ロゼッタさんに魔獣の油は無理でしょ? あんた庭木に吊されるわよ?」
「う~ん……仕方ない、最後の手段を使うわ!」
私はそう言い残して、自分の部屋に走った。
「ちょ、ちょっと、ここの掃除はどうすんのよーっ⁉ もうっ!」
* * *
部屋から大工道具や魔獣の油、精油、木材など、およそ侍女の持ち物とは思えないような品々を空き箱に詰め、私は人目を忍んで外庭にある騎士団の宿舎に向かった。
「すみませーん、リチャードさーん、いらっしゃいますかー!」
「おろ? マイカじゃん。なにその荷物?」
騎士団員見習いのトニーが通りかかった。
トニーはまだ成年しておらず、正式な団員ではない。
田舎の男爵家の嫡男で、男ばかりの六人兄弟の中で育ったらしく、やんちゃで物怖じしない性格だ。
「あ、うん……ちょっとね。リチャードさん見なかった?」
「団長なら王子に呼び出し喰らってる。ありゃぁ、当分帰らないね」
シシシと歯を見せて笑い、「何か困りごと?」とトニーが尋ねてくる。
「あー、えっと、今日だけこの荷物、預かってもらえないかなって……」
「ん? 何が入って……うわっ! 何だよこれ! くっせぇと思ったら魔獣の油じゃん‼」
鼻を押さえながら、トニーが顔を顰めた。
「あ、あはは……。ちょっとだけだし、そんなに臭う?」
「ったく、女の荷物じゃねぇぞこれ……何で大工道具まで……」
「ちょ、ちょっと、そんなに見ないでよ~」
トニーから箱を隠そうとした時、他の団員がゾロゾロとやって来た。
「あ! マイカさん、おはようございます!」
「おはようっす!」
「ちーっす」
挨拶をしながら団員達はぞろぞろと宿舎の中に入っていく。
宿舎には良く顔を出すので、皆、私のことを覚えてくれている。
副団長のレオナルドさんが私を見て足を止めた。
「おや? マイカさん、いらしてたんですか」
「あ、はい、ちょっとお願いがあって……」
トニーが含みのある笑みをレオナルドさんに向ける。
「トニー、さっさと仕事に戻れ」
「ちぇっ……マイカがいるからって格好つけちゃって……」
「何か言ったか?」
ジロっとレオナルドさんが睨むと、トニーが気を付けの姿勢で声を張った。
「レオナルド副団長! 馬小屋へ行って参ります!」
「よし」
レオナルドさんが軽い敬礼で応えると、トニーは逃げるように走って行った。
「やれやれ……。マイカさん、トニーが失礼なことしませんでしたか?」
「い、いえ、大丈夫ですっ!」
レオナルドさんは、グレーの長髪を後ろで一つに縛っている。
面長で彫りが深く、高身長かつ鍛え抜かれた体は引き締まっていた。
しかも、副団長を務めるだけあって、剣の腕前は一流なのだとか。
侍女人気もスチュワートさんに並んで高い。
「ところで、御用というのは?」
「あっ、そのぉ、実は……」
私は恥を忍んで、荷物の件をレオナルドさんに頼んでみた。
「ははは! そんなことですか、お安い御用ですよ」
「本当ですかっ⁉」
「ええ、もちろん。ちゃんと宿舎でお預かりしますよ」
「あ……ありがとうございますっ!」
深く頭を下げると、レオナルドさんが困ったように両手を私に向けた。
「いやいや、そんな大したことじゃないですよ……それに、マイカさんにはいつもお世話になってますから」
「そう言ってもらえると、ありがたいです……えへへ」
少し照れくさいなと思いつつ、荷物をレオナルドさんに託す。
と、その時、宿舎の二階の窓から団員達が顔を覗かせた。
「副団長、そろそろ時間っすよー!」
「ああ、今行く」
上を見上げて、レオナルドさんが返事をした。
「じゃあ、よろしくお願いします」
「わかりました、いつでも――うっ⁉」
箱を持ち上げた瞬間、レオナルドさんの彫刻のような顔が歪む。
「だ、大丈夫ですかっ⁉」
「な、なぜ、こんなところに魔獣の油が……」
レオナルドさんが油の瓶を見て眉根を寄せた。
「すみません、しょ、諸事情がありまして……」
恥ずかしいっ! あぁっ、このまま消えて無くなりたい……!
「い、いや、ちょっと驚いただけですよ。全然平気です、ええ、何も問題ありません。で、では、お預かりしますね」
紳士なレオナルドさんは、引き攣った笑みを浮かべながら宿舎に戻っていく。
逞しい背中を見送りつつ、私は大きくため息をついた。
「あぁ~あ……絶対、変な奴だと思われてるんだろうなぁ……」
だが、ロゼッタさんに詰められることを考えれば、これくらいの代償は払わねば。
私は気持ちを切り替え、自分の持ち場へ急いだ。
執事の髪は、緑髪か、黒髪か、これ永遠の悩みですよね。
最後まで悩んで緑にしました。やっぱ知的な感じがいいかなって……。
黒が良かった方、ごめんなさい……ダークグリーンってことでお許しを!