ロウの不安
厨房の片隅のテーブルで、私とヴァイオレットは向かい合って座っている。
そして、その傍らでエミリーが様子を見守っていた。
「違う違う、それだとおかわりが来ちゃうわよ」と、ヴァイオレット。
「えっ……そうなの⁉」
やはり、前世で覚えているテーブルマナーと、この世界のテーブルマナーは微妙に違っていた。
うーん、難しい……。
「しかし、レオ様のご両親が演奏会に招待されてるなんてね」
「そりゃあ、伯爵家だもの、当然でしょ」
まるで自分の家のことのようにヴァイオレットが胸を張った。
「うー、ねぇ、私怖くなってきた……」
「大丈夫よ、平気平気。演奏会の合間にちょろっとお食事するだけじゃん」
エミリーは他人事全開である。
「普段、口にできないような料理が食べられると思えば楽しめるんじゃない?」
「そりゃあそうだけど、緊張して味なんてわかんないよ~……」
私はフォークとナイフを置き、はぁ~っと大きくため息をついた。
レオナルドさんに偽婚約者役をOKしたのはいいものの、まさか演奏会の合間に食事をするなんて……。スチュワートさんには了承してもらったと言っていたけど、本当に大丈夫なんだろうか……。
「あ、そういえばロウさんだっけ? ほら、熊の人」とエミリー。
「うん、どうしたの?」
「なんだか落ち込んでるみたいだったよ?」
「え……」
「しょんぼりして庭の向こうに歩いていくのが見えたんだけど……」
「ちょ、ちょっと私、見てくる!」
「あ、ちょっとマイカ! もーっ! じゃあ、これは私がいっただき~!」
エミリーはマイカのお皿に乗った練習用のパンを取ろうとする。
「ちょっと! お行儀が悪いですよ、エミリーさん」
ヴァイオレットがニヤリと笑いながらぴしゃりとエミリーの手を叩いた。
「いてて……ちぇー」
* * *
私は外庭に出て、ロウさんを探した。
どこ行っちゃったんだろう……。
しばらく庭を歩いていると、茂みの影からロウさんのもこもこした後頭部が覗いているのが見えた。
「ロウさーん」
「あ、マイカ……」
「こんなところで何をやってるんですか?」
ロウさんは地面に座り込んだまま、草を触っている。
「うん……ちょっとね」
これは……かなり落ち込んでるみたいね。
私は半ば体当たりのように隣に座ると、
「元気ないですよー? 悩みなら親友の私が聞きますから!」と、冗談っぽく言ってみた。
「……ありがとね、マイカ」
「ちょ、暗い暗い! 何があったんです?」
「……実は、村のみんなに手紙を書いたんだけど、返事がなくてさ」
「えっ……」
「もう届いているはずなんだけど……。やっぱり、怒らせちゃったのかな……」
「どうしてですか? ロウさんは何も悪くないですよ!」
「ボクが偉そうなこと言っちゃったからかも……村を出ろだなんて……」
「そんなことないです! きっと、何か理由があるはずです。それにもし、村を出ないって決めたのなら、連絡があるはずですよね?」
「そ、それは……そうかも」
私はロウさんの腕を握る。
「もう少しだけ待ってみましょう。スチュワートさんにも聞いてみますから」
「……う、うん、そうだね」
「モレットさんでも冷やかしに行きますか?」
「えー、そんなの悪いよー」
ロウさんが両手を前で振る。
「平気ですよ、さ、行きましょう!」
「ボ、ボク、知らないよ?」
私は少しだけ元気になったロウさんの背中を押して、モレットさんの作業小屋に向かった。
こういうときはみんなで楽しく話すのが一番だもんね……。
* * *
それから三日が過ぎたが、村から連絡はなかった。
ロウさんも姿を見せず、私はいてもたってもいられずスチュワートさんの部屋を訪ねた。
緊張しながらも、扉をノックする。
「すみません、マイカです……」
「開いている」
中から返事が聞こえた。
「失礼します」
スチュワートさんは事務机に座り、書類に目を通していた。
「どうした? 何か用があったんじゃないのか?」
と、上目遣いでこちらを見る。
「あ、はい、実は……ロウさんのことでご相談が……」
「ロウ? どうした?」
顔を上げ、真剣な表情を見せるスチュワートさん。
「ロウさん、手紙の返事が来ないそうなんです……それで、すごく落ち込んでしまってて……」
「……手紙を出したのはいつだ?」
「多分、一週間ほど前だと思います」
「……王子の勘が当たったか」
「勘、ですか?」
「あ、いや、こちらの話だ……」
と言って、スチュワートさんは、顎に指の背を当て、何やら思案している。
「わかった、報告ご苦労だったな。後は私に任せてくれ」
「あの、何かご存じなんですか?」
何か知っているならロウさんに教えてあげたい。
その一心で食い下がってみる。
スチュワートさんは上目遣いで私を見た。
「ロゼッタを呼ぶか?」
「うっ⁉」
「し、失礼しました……」
しょんぼりと帰ろうとした時、
「安心しろ、すべて上手くいく」とスチュワートさんが言った。
「本当ですかっ⁉ やっぱり何かご存じで――」
「呼ぶか?」
「いえ、失礼しました!」
私は頭を下げ、慌てて部屋を出た。
ふぃ~、慣れたと思ってたけど、やっぱ慣れないわ……。
でも、あのスチュワートさんがあそこまで言うのなら、きっと大丈夫なのだろう。
よし、ロウさんを元気づけに行こう。
私はそのまま外庭へ向かった。
* * *
「ミシェル殿下、恐らくツイデーガメッセ商会が動いたかと……トニーを向かわせていますが、まだ連絡はない状況です」
王子の私室で、スチュワートが報告をしている。
ミシェルは席を立ち、デカンタから果実水を汲んだ。
「飲むかい?」
「いえ、結構です」
「そう、美味しいのに」
ミシェルはグラスに口を付け、「んん、美味しい」とうなずく。
「……リチャードは間に合ったでしょうか?」
「知ってる? アカシア蜂蜜を数滴垂らすだけでとんでもなく美味しくなるんだ」
グラスをスチュワートさんに向け、左右に振ってみせる。
無言のスチュワートさんに、ミシェルは「わかってる」と言い、窓際へ向かう。
「君も知ってるだろ? あのリチャードだ。間に合うも何も、間に合わせるさ。彼はそういう男だよ……ふふ」
「そうでしょうか?」
スチュワートが小首を傾げた。
「えっ……ち、違うの⁉」
二人の間に、気まずい沈黙が流れた。




