選抜入り
「……というわけで、考えさせてくださいってお伝えしました」
私の周りをぐるっと取り囲むメデューサ予備軍。
その筆頭たるエミリーが真正面に、その横には副将ヴァイオレットが控えている。
「……やっば」
エミリーがボソッと言うと同時に、場が一斉に沸き立つ。
『偽りの婚約者だなんて……はぁ~燃えるわ~!』
『逆にレオ様のお父様に見初められちゃったりして……』
『どうする? 同時に求婚されちゃたり……』
「あ、あれ?」
もっと皆には詰められるのかと思ってたけど……。
意外な反応に呆然としていると、エミリーが私の隣の椅子に座った。
「しっかし、マイカもついてないわねぇ~。まぁ、大変だと思うけど私たちもサポートするし、何とかなるって」
「え、いいの? てっきり、私がやるー! とか言うかと……」
反対側の椅子にヴァイオレットが座る。
「エミリーがやるわけないじゃない。そんなことしたら、もうレオ様との芽はなくなるでしょ?」
ヴァイオレットが半分、からかうように言った。
「あ、そういうこと……」
なるほど、確かに色々とリスクが高そうな役割だし、何より偽りの婚約者として、レオナルドさんの両親に面が割れてしまえば、対外面子を重んじる貴族、しかも伯爵家ともなれば、もう正式な婚約者の芽はなくなるわよね……。
「私だって、レオ様とどうにかなれるって本気では思ってないからね? でも、ほら、可能性は1%でも残しておきたいってのが、夢見る乙女の心情ってものでしょ?」
「エミリーに限らず、みんなそうじゃない? 私だって、少しはそういう気持ちもあるわ」
「ヴァイオレットも? 意外……」
「どういう意味よ、もうっ。ま、私もテーブルマナーくらいならレクチャーしてあげられるから任せて」
「テーブルマナー?」
私が質問で返すと、
「当たり前じゃない、男爵令嬢を演じるんでしょ? 伯爵家の方々と会食するなら、テーブルマナーは必須だし」と、ヴァイオレットが何言ってんのって顔で言う。
どうしよう、テーブルマナーかぁ……。
前世で一応のマナーは習ったけど、この世界のマナーが同じとは限らない。
ここはヴァイオレットに頼るしか……ん?
待て待て待て、そもそもこのお願いを断ればよくない?
「やっぱり、私には難しそうだし、レオナルドさんに言って断ろうかな……」
「「「「え?」」」」
さっきまで賑やかだった広間がしんと静まりかえった。
それと同時に、全侍女の視線が私に注がれる。
「ひぃっ……⁉」
な、何? 私何か変なこと言った?
『マイカ、頑張ってね』
『私も応援する! 手伝うことあったら言って?』
『ファイトだよ!』
次々に頼んでもないのに元気づけられる。
「ちょ、ちょっとみんな、どうしちゃったの……」
『演技も練習しなきゃね』
『早くレオ様のお父様が見たいわよね~』
するとヴァイオレットが、私の肩に手を置く。
「いまさら引き返せると思ってる?」
「ひゅっ⁉」
み、皆、私を通してこのイベントを楽しむつもりなんだ……!
『『『ウフフフ……』』』
「あは、あははは……」
いったい、どうなっちゃうんだろう……私。
* * *
「みなさん、おはようございます」
「「おはようございます!」」
朝礼をする広間に、いつものように侍女たちの声が響いた。
今日もロゼッタさんの美しい所作での挨拶から一日が始まった。
「では、昨日お伝えした騎士団宿舎の清掃についてですが……」
ロゼッタさんの言葉に、場の空気がピンと張り詰める。
「選抜メンバーを発表いたします」
私は心の中で「まあ、私は関係ないか……」と思いながら、何となく聞いていた。
「エミリー、ヴァイオレット、サラ、メアリー、ジェシカ……」
おっ、エミリーとヴァイオレットが入ってる、二人とも喜ぶだろうな~。
あれ? 意外とたくさんの名前が……。
「……そして、マイカ」
「はぇっ⁉」
思わず声が出てしまい両手で口を押さえる。
周りの侍女たちがクスクスと笑っているのが聞こえた。
「業務とはいえ、騎士団宿舎に長居するのは好ましくありません。短時間で効率よく終わらせることを目的とします。そのため、少数精鋭といいましたが、今回は比較的多めの人数での作業とします」
なるほど、だから大人数なのか。
でも、私が選抜入りとは……意外だった。
朝礼が進む中、私の頭には別のことがよぎっていた。
――そういえば、レオナルドさんの件、まだ返事してないんだよなぁ……。
偽婚約者かぁ……。
あれから数日経っているのに、まだ答えを出せていない。
というか、どっちにしてもOK以外の選択肢は、私に無いんだけど……なかなか踏み出せないというか。
うーん、どうしよう。
会った時に気まずい空気になったりしないかな……。
「では、騎士団宿舎清掃班は、朝食後に集合してください。以上です」
ロゼッタさんの声で我に返る。
「「ありがとうございました!」」
朝礼が終わると、エミリーとヴァイオレットが飛び跳ねながら私のところにやってきた。
「やったぁー! マイカも一緒じゃん!」
「これで心強いわね! 三人で頑張ろ!」
エミリーが私の腕に抱きつき、ヴァイオレットも嬉しそうに手を叩いている。
「ふたりとも、そんなに嬉しいの?」
「当たり前でしょ! レオ様に会えるかもしれないのよ?」と、ヴァイオレット。
「そうそう! しかも、お掃除だから長時間見てられるし……へへへ」と、エミリー。
あぁ、なるほど……。
そうか、普通に考えたらそうかもなぁ。
まあ、せっかくだし、いつものお礼だと考えればやる気もでるわよね。
よーしっ、頑張ろっと。




