応接室
私は応接室のソファにレオナルドさんを座らせた。
「こ、こちらへ!」
ポカーンとしているレオナルドさんに、
「お茶をお持ちしますね」と一方的に告げると、素早く外に出る。
案の定、扉の外で待ち構えていたメデューサたちに、中で話したことは一字一句報告すると誓約することで、元の可憐な侍女の姿にお戻りいただく……。ふぅ。
「マイカ、侍女に二言はないわよ」と言いながら、エミリーがティーワゴンを持ってきてくれた。
「わ、わかってるって」
用意してくれたティーワゴンを押して、私は再び応接室へ入った。
すると、不安げな表情でソファに座っていたレオナルドさんが顔を上げる。
「あ、あの、マイカさん? 私は何か失礼なことでも……」
「い、いえ! 騎士様がこの棟へいらっしゃることなんてないので……皆、驚いただけです」
「そうですか、いや、事前に伝えるべきでしたね……大変、失礼しました」
レオナルドさんが頭を下げようとするので、慌ててとめる。
「そんなことより、お茶でもどうですか、落ち着きますよー」
「では……遠慮なく」
ソファに座り直し、レオナルドさんはティーカップを手に取った。
背の高い人特有の長い指だ。
小さな古傷のような痕がたくさんあった。
こんな綺麗な顔してても、やっぱり騎士様なんだなぁ……。
じっと見つめていると、レオナルドさんが私の視線に気付き、向かい側のソファに手を向けた。
「ささ、どうぞマイカさんもお掛けになってください」
「はい……では、お言葉に甘えて」
私は会釈をした後、ソファに腰を下ろした。
「これは、美味しいですね……! うちは男所帯なもので、色が付いてればいいんだ、なんて無粋な者が多くて困ります」
「まぁ、ふふふっ。紅茶は淹れ方ひとつで風味が変わりますもんね」
レオナルドさんは「ええ、まったく」と、機嫌良さそうに笑みを浮かべる。
むぅ……この中性的な整った顔、しかも騎士というワイルドギャップを兼ね備えているのか……。
さすが、皆がメデューサ化するだけのことはある。
「マイカさんに淹れていただくと、ただの紅茶もこんなに美味しくなる……不思議ですねぇ……」
レオナルドさんは、満足そうに紅茶の薫りを嗅いでいる。
「あ、す、すみません! それは……その、同僚が淹れたもので……」
恐る恐る伝えると、レオナルドさんが紅茶を吹き出しそうになった。
「オホッ、オホッ! し、失礼……オホッ! とんだ勘違いを……」
「大丈夫ですか⁉」
「お、お構いなく……」
噎せるレオナルドさんが私に大丈夫だと手を向ける。
そして、姿勢を正した後、まっすぐに私を見た。
「マイカさん、今日は少しお伺いしたいことがあって参りました」
「は、はい、なんでしょう?」
私も背筋を伸ばした。
何だろう、緊張するなぁ……。
「そのぅ……まあ、なんと言いますか……」
レオナルドさんは言い辛そうにして、髪を触ったり、上を向いたりしている。
段々と、私の緊張も解けてきた。
「私なら別に何を聞かれても困りませんよ?」
「そ、そうですか、では……」
コホンと咳払いをして、レオナルドさんが私を見た。
「マイカさんは、その、ご、ご結婚はされているのでしょうか……?」
「はい?」
笑みを浮かべながら小首を傾げる私。
ん? 質問の意図がわからないんだけど……。
「あ、やっぱり、女性に対してする質問ではありませんでしたね! も、申し訳ありませんっ!」
テーブルに両手を付いて、レオナルドさんが私に頭を下げる。
「い、いえ、驚いただけです、別に構いませんから」
と、レオナルドさんに頭を上げさせ、
「私は独身です! 今のところ、そういうご縁はございません!」と、きっぱり答えた。
こういうのは、はっきりと事実を伝えなければ。
大抵、遠回しに言ったり、誤魔化したりするから誤解が生まれるのだ。
こうしてちゃんと伝えておけば、余計なサブイベントが発生することもないだろう。うん。
「そ……そうですか! いやぁ、そうですよね! あははは! あ、いや、そういう意味ではなくてですね、これはその、ご結婚されていたとしたら、お願いできないようなことなので……」
「お願い?」
「ええ、マイカさんに私の婚約者になってもらえないかと」
「えぇっ⁉」
サラッと、とんでもないこと言う⁉
思わずのけぞってしまった。
「あ、ち、違います! 本気ではなく、婚約者の振りをしていただきたいのです!」
「ふ、振り……? 振りというのは演技ってことでしょうか?」
「そうです! 演技です! 本気ならこんな求婚なんてしません、もっとロマンチックな場所、そうですね星が綺麗な夜の湖のほとり――」
私にはもう、レオナルドさんの話は耳に入っていなかった。
何かブツブツ言ってるがそれどころじゃない。
偽の婚約者として演技……? もはやトラブルの臭いしかしない。
レオナルドさんはゲームで登場しない人だし、そもそもクリア後のシナリオなんてわかるわけがない。
……とにかく、まずは理由を聞かないと話にならないわね。
「えっと……理由をお聞きしても?」
「鏡のように透き通った湖面に……あ、はい! ええと、私の家は伯爵家なのですが、私が嫡子なこともあり、近頃は縁談の話が度々送られてくるようになったんです」
伯爵家か……さすが副団長様だ。
家柄的にも政略結婚になるのかな?
「私としては、まだ結婚をするつもりはなく……あ、絶対というわけではないのですが、今は騎士団の仕事に集中したいと考えているんです」
「なるほど……」
前世のバリキャリ女子みたいな台詞だなぁと思いつつも、話に耳を傾ける。
「そのせいもあって、縁談は断っていたのですが……とうとう、痺れを切らした両親が、宮廷に来ることになったんです」
「……修羅場ですね」
「ええ、まったくその通りでして」
眉をハの字にして、レオナルドさんは小さく頭を振った。
――気持ちは痛いほどわかる。
私も前世で親戚の叔母さんから、頼んでもない縁談話を、恩着せがましく次から次へと持ってこられた思い出が……。
「マイカさんには、王宮住まいのとある男爵令嬢として、私と試験的なお付き合いをしているという設定で、両親と会っていただきたいのです……」
一昔前なら、この世界に、試験的なお付き合いなんて概念は存在しなかった。
だが、婚約破棄がブームとなり、家格に傷をつけまいと、事前に準備期間を設ける貴族達が増えているのだ。
「二人の馴れ初めは、舞踏会で踊り疲れたマイカさんが外の風を浴びようとバルコニーに出たところ、たまたま私と鉢合わせになり、最初は互いに警戒していたものの、会場から漏れ聞こえてくる演奏に合わせて私がリズムを取っていると、次第にマイカさんもリズムを取り始めました。そして、月明かりの下、私が勇気を出してダンスに誘うと快くOKしてくださり、そのまま二人は意気投合したという流れを考えて……」
「ちょ、ちょっと、レオナルドさん!」
「え?」
「あの、設定が……リアルすぎます」
聞いている私の方が真っ赤になってしまった……。
「あ、し、失礼しました! と、とにかく、両親も私が自分で探そうとしているとわかれば、納得して帰ってくれると思うんです!」
「……」
うーん、でもなぁ……。
ご両親に変に誤解されちゃったら困るし……。
「もちろん、突然こんな話を聞かされて、いくらマイカさんが聡明とはいえ、すぐに答えが聞けるとは思っていません……」
「は、はあ……」
ちょいちょい、レオナルドさんの私に対する評価がおかしい。
騎士団って忙しそうだし、疲れてるのかな……。
あ、そうだ! エミリーとかヴァイオレットに頼めばいいんじゃ……!
「あ、良かったら私の同僚にエ……」
「――マイカさんでお願いします」
「うぐっ……⁉」
語気強めで被されてしまった。
「実は、私は女性が苦手なのです……ですから、あまり面識のない方だと、私が緊張してしまって嘘だとバレてしまう恐れが」
「そ、そうですか……」
「その点、マイカさんであれば、私も自然体でいることができますから……」
「は、はあ……」
レオナルドさんは、まるで恋する乙女のように、目を閉じて胸に手を当てている。
まあ、深い意味はないのだろうが……。
なんたってレオ様だ。
万が一があれば、この宮廷に私の居場所はない……。
それだけは避けなければ。
「わかりました、少し考えさせてください――」
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