執事からの提案
私たちは一番近かったモレットさんの作業小屋で話をすることにした。
モレットさんも心配なのか、離れたところで作業をする振りをして様子を伺っている。
テーブルを挟んで、向かい側にスチュワートさんが座り、私とロウさんは並んで座った。
「では……さっそくですが、率直に申し上げます」
スチュワートさんがキリッとした顔を向ける。
「「……」」
私とロウさんは息を止めて次の言葉を待った。
「アカシア蜂蜜……大変素晴らしいものだと思います」
「「――⁉」」
思わず、ロウさんと顔を見合わせた。
「できれば、あの蜂蜜を定期的に納めていただきたいと思っています」
「え……」
「やった! よかったね、ロウさん!」
喜びに駆られ、もこもこの二の腕を叩く。
「あ、ありがとうございます!」
「いえいえ、お礼を言いたいのはこちらの方です」と、スチュワートさんが優しい笑みを浮かべた。
不思議そうにそれを見るロウさんに、スチュワートさんが続けた。
「蜂蜜は我が国でも人気の高い商品です。その中で、きっと、あのアカシア蜂蜜は特別なものになるでしょう。それはいずれ、このバルティスの魅力をさらに高めてくれるに違いないと私は思っています。ですから、この国に仕える者として、お礼を申し上げたいと言ったのです」
「そ、そんな……ボク……」
ロウさんは感動しているのか、言葉を失っている。
「あんなに美味しいんですもん、当然ですよ! よかったぁ~これでまたあの蜂蜜が食べられますね、へへへ」
「マイカ……うん、ありがとう。でも……ボクひとりだと、その、作れる量にも限りがありますから」
そっか、ロウさん一人で作業してるもんね……。
今の普通の蜂蜜も並行してとなると、人手が全然足りないか。
私、エミリー、ヴァイオレットで手分けしても間に合うかどうか……。
それに、手伝う許可が出るとも限らないし、素人の私たちで役に立つのかどうかも怪しい。
あれこれ悩んでいると、スチュワートさんが口を開いた。
「そうですよね、何事も一人でできることには限界があります。そういえば、ロウさんの村では養蜂をされていると聞きました」
「は、はい、そうです。それ以外、何もない村ですから……」
少し悲しそうなロウさんに、スチュワートさんが美しい笑みを向ける。
「そこでどうでしょう? みなさんで、このバルティスに移住されるというのは?」
「「ええぇっ⁉」」
思わず私とロウさんが同時に席を立つ。
「い、移住って……」
二人で顔を見合わせていると、スチュワートさんが事もなげに言う。
「バルティスに来ていただければ、当面の衣食住はこちらでご用意しますよ」
「ロウさん……」
呆然とするロウさんの横顔を見つめる。
ロウさんの故郷、メイデール村は貧しい村だと言っていた。
おそらく、移住の条件は養蜂に従事することだろう。
たしかに、どちらも損のない取引に見える。
ただ、やはり生まれ育った土地を捨てるというのは……。
「……ボクの一存では決められないので、みんなに聞いてみてもいいでしょうか」
そう答えたロウさんの目には、力強い光が宿っていた。
「ええ、もちろんです。あ、すでにお分かりだとは思いますが、みなさんで養蜂をしていただくのが条件になります」
スチュワートさんの言葉に、ロウさんがコクンと頷く。
「良いお返事をお待ちしていますね」
「は、はい、ご連絡します」
スチュワートさんとロウさんが握手を交わした。
「マイカ、君も仕事に戻った方がいいんじゃないのかな? そろそろ、ロゼッタが探している頃だろう」
「あっ! も、もちろんです! かしこまりましたっ!」
「では、私はこの辺で――」
美しい所作で会釈をすると、スチュワートさんは作業小屋を出て行った。
「はぁーっ……」
一気に緊張が解ける。
私は溶けたスライムみたいに、テーブルの上にでろ~んっともたれかかった。
「まあ、悪い話じゃねぇと思うぜ?」
と、奥で気配を消していたモレットさんがテーブルの方へ寄ってきた。
「……」
ロウさんは黙ったままだ。
「でも、やっぱり故郷ですもんねぇ……悩みますよ」
「そりゃそうだが、村は限界なんだろ? 生きていくためには仕方のないことさ」
黙っていたロウさんが静かに口を開いた。
「……ボク、村のみんなに手紙を書いてみます」
「おう、それがいい! よ~く話合って決めるんだな!」
バフッ!っとモレットさんがロウさんの背中を叩いた。
「は、はい、ありがとうございます。マイカもありがとう、隣に居てくれるだけでとっても心強かった」
少し照れくさそうにするロウさんは、いますぐにでも飛びつきたいくらい可愛い。
私はぐっとこみ上げる衝動を抑える。
「そんな~、これくらいお安いご用ですよ。へへへ」
ちょっとは役に立てたかな……。
「あっ! いけない、戻らないと! じゃ、じゃあ、モレットさん、ロウさん、また~!」
「おう、急げよー」
「ありがとうマイカー」
二人に手を向け、私は急ぎ侍女棟へ駆けだした。
「やばいやばいやばい……ロゼッタさんに○されるっ!」




