侍女の恩返し
廊下の掃き掃除をしていると、執事のスチュワートさんが侍従と歩いてきた。
スチュアートさんは珍しい緑髪な上に、色白でスラッとしているので、遠目に見てもすぐにわかる。
特に印象的なのは切れ長の瞳で、侍女仲間でのランチ中には、あの瞳で見つめられたひぃ~っ! などと盛り上がることも、週に三回は普通にあるくらいの人気ぶりだ。
ちなみに私は黒髪だが、この世界では珍しくもなんともない。
私は廊下の端に寄って軽く頭を下げた。
『……悩みを解決できれば、かなりの褒賞が出るそうです』
『でも、下に何か敷くとしても藁くらいしか……』
『訪問客の手前、そういうわけにもいかないでしょう……』
『ですよねぇ……』
二人の会話が耳に入る。
モレットさんが言ってた話だ。
褒賞か……。
うーん、褒賞ねぇ……。
仕事を終え、自分の部屋に戻ってからも、私の頭の中には『褒賞』というワードがぐるぐると回っていた。
「褒賞かぁ……」
ベッドに横になり、天井を見つめる。
国王様は自分達の生活を守ってくださっている。
褒賞は魅力的だけど、すこしでも国王様のお尻が痛くなくなれば良いかな……。
うん、これは私なりの恩返しだ。
よしっ! そうと決まれば、さっそく明日からクッション作りに取りかかろう!
* * *
買い出しのついでに、私はある物を探しに近くの林に立ち寄っていた。
モレットさんから教えてもらったのだが、この林は小さいながらに色々な植物が自生していて、材料調達にうってつけなのだ。
「うーん、この辺で見たと思ったんだけど……」
私が探しているのはウィーブルという植物の蔓だ。
不規則に絡み合うインスタント麺みたいな細い蔓で、お湯に浸けて柔らかくしてから型に入れて乾燥させると、適度な弾力を保ったまま整形することができる。
ただ、この辺の小動物が好物らしく、蔓を囓ってしまうので状態の良い物が少ないのだ。
「あっ⁉ あったぁっ! うん、囓られてないし、大きさも良い感じー!」
目当ての蔓を見つけ、テンションがあがる。
そのまま隠すように蔓を抱きかかえて、私は急ぎ王宮へ戻った。
* * *
買い出しの物品を当番に引き継ぎ、私は外庭に隠してあったウィーブルを、こっそり自分の部屋へ持ち帰った。
「ふぅー。さてと……ふふふ」
まずは、調理場で沸かしてもらったお湯を大きめの鍋に移し替えた。
ぬるま湯でも柔らかくなるので、そのままウィーブルを中に浸けておく。
「よし、この間に袋の用意ね」
王座の寸法はこの前の掃除の時に、こっそり計っておいた。
畏れ多くも王座に触れるなんて、これが最初で最後の経験だろう。
意外と私はスパイの素質があるのかもしれない。
寸法を書いたメモを元に布を裁断する。
色は目立たないように、座面と同じ赤色に合わせてみた。
ちくちくと袋状に縫い止めた後、ウィーブルの様子を見る。
「うん、柔らかくなってる……そろそろ良い頃合いかな」
お湯からウィーブルを取り出して、水気を切り、膝で体重をかけながらウィーブルを袋の中へ押し込んでいく。
小一時間ほど格闘すると、何の変哲もないクッションの原型が出来上がった。
「ふぅ、こんなもんかな……」
後は軽く重しを乗せて、陰干しで乾燥させてっと……。
一週間もすれば、手作りクッションの完成だ。
* * *
――1週間後。
完全に形が安定したクッションに座ってみる。
「おぉ~!」
うん、悪くない。
布の袋は地味だけど、座り心地はかなり良いと思う。
通気性も良いし、形が崩れることもない。ウィーブルを使ったのは正解だったようだ。
よし、これはぜひ自分用にも作ろう‼
その日の夜……。
私はこっそりとスチュアートさんの部屋の扉の前に行き、クッションとメモを置く。
メモには『国王様の玉座にお使いください』とだけ記し、褒美は潔く諦めることにした。
なぜなら、私は今の生活に満足している。
今回はその恩返し――国王様のお尻さえ良くなれば、それでいいのだ。
自分の部屋に戻り、我ながら良いことをしたなぁと毛布にくるまり、妙な達成感を覚えながらゆっくりと私は眠りについた。
* * *
「おはようございまーす」
朝礼をする広間に行くと、エミリーが駆け寄ってきた。
お、今日はツインお団子か……気合はいってるわね。
「あ、おはよーエミリー。お団子かわいいね」
「ちょっと、何を呑気なこと言ってんの、朝から大騒ぎなんだから!」
「えっ?」
エミリーは口を手で覆い隠して、私にそっと囁く。
「昨日の夜、泥棒が入ったんだって、スチュワートさんの部屋が狙われたらしいわ」
「えぇっ、泥棒っ⁉」
サッと血の気が引くのを感じた。
いったい、どういうこと……⁉