ロウさんの事情
「んーっ⁉ なにこれ、うまぁっ!」
エミリーが眉を寄せ、私を見ながら足をジタバタさせる。
「マッシュさん特製だよ」
「ありがとー、ほんと生き返るー」と、顔を綻ばせる。
「今度、お礼しなきゃ。でも、マッシュさんって怖そうだよね?」
「そうでもないよ、ちょっとぶっきらぼうだけど、なんだかんだ優しい人かな」
「へぇ……」
「あ、よかったら一緒にハンドクリームか、石鹸でも作って持っていく?」
「あー、それいいっ! うん、やるやる!」
「おっけー、また材料準備しとくね」
窓を拭きながら、そんな話をしていると、外庭で麦わら帽子を被ったロウさんが歩いているのが見えた。
「あ、ロウさんだ……」
「え? あぁ、養蜂の人だっけ? なんかもこもこでかわいいよねー」
「そうなのよ~! しかもめっちゃ紳士っていうか、優しいんだよねぇ……」
「ふ~ん、マイカって、ほんと誰とでも仲良くなっちゃうよね」
「そう? あんまり意識したことはないんだけど……」
もしかして、前世でも勇気を出して話しかけたりしていれば、もっとたくさん友達ができてたのかもしれないなぁ……。
でも、私が自分をさらけ出せるのは、この世界のやさしさのお陰だと思う。
やっぱ、優しくされると自分も優しく接するようになるもんね。
笑顔は広がるんだなって、あらためて思うわけで。
「さてと……エミリー、こっち終わったから、ちょっとロウさんに挨拶してくるね」
「おっけー、蜂蜜すっごく美味しかったって言っといてー」
「はーい」
道具を片付けて、私は外庭へ出た。
ロウさんが歩いて行った方へ向かうと、少し先の庭木がある場所でロウさんがしゃがみ込んでいるのが見えた。
「ロウさーん!」
声を掛けながら近づくと、ロウさんが麦わら帽子を取って振ってくれた。
「やあ、マイカ、おはよう」
「おはようございます! 何やってたんですか?」
「庭木の手入れのお手伝いだよ。雑草を抜いてた」
「わぁ、大変ですね……」
雑草もかなり生えている。
これを全部抜くのは一苦労だろうな。
「平気平気、慣れてるし」
そう言って、ロウさんは雑草を抜く。
「あ、アカシア蜂蜜、みんな大好評でした! あれ、本当に美味しいですよね~!」
「えっ!」
すっと立ち上がり、ロウさんは目をキラキラさせている。
「ほんとっ⁉」
「はい! 上品な甘さが最高ですね!」
ロウさんはぶるるっと身震いをして、恥ずかしそうに麦わら帽子を深く被って顔を隠した。
そして、少し間を置いて、恥ずかしそうに口を開く。
「あ……ありがとう」
「いえいえ、できればまた作って欲しいなぁって。へへへ」
「ねぇ、マイカ、聞いてくれる?」
まん丸の目を向けてくるロウさん。
「はい、何でも聞きますよ」
「……ボク、メルデールっていう村から来たんだ」
「メルデール?」
「そう、とても貧しくて小さな村だよ……。数十人くらいのおっきな家族みたいな感じ。みんなで養蜂を生業にして暮らしているんだ」
「そうだったんですか……だからこっちでも養蜂家に?」
「うん、ボクにはこれしかなかったからね。マイカは知らないかもだけど……獣人が働ける場所って少ないんだよ」
「……」
獣人に対する偏見や差別は他国では珍しくない。
この国のように、彼らを好意的に受け入れている国はとても少ないと聞く。
そんな中で、獣人に対して寛容どころか歓迎して迎え入れる姿勢を取るホワット陛下は、本当に聖人ならぬ聖王と呼んでもバチはあたらないんじゃないかと、私は内心で「推せる……」と、何度も頷いた。
「バルティスなら獣人の出稼ぎを歓迎してくれるって聞いて、最初は半信半疑だったんだけど、もう村が立ち行かないところまで来ちゃったからね……一番若いボクが村の代表として送り出されたんだ」
ロウさんは麦わら帽子を手に取り、くるっくるっと回転させながら話を続ける。
「それで……どうにか仕送りを増やせないかと思って、新しい蜂蜜を作ってみようと思ったんだ。ちょっとでも足しになればいいかなって」
「そうだったんですか……」
うん、ロウさんならできる!
新しい蜂蜜もすっごく美味しかったし、私も何か応援したいな……。
「あ、そうだ! スチュワートさんに相談してみませんか? 王宮のことならなんでも知ってるみたいだし、許可のことも上手く取り計らってくれるかもしれません」
「――その必要はないようですね」
二人が振り返ると、いつの間にかスチュワートさんが立っていた。
手には書類らしきものを持っている。
「ス、スチュワートさん! いつからそちらに?」
「今しがた到着したところです。実は、ロウさんにお話があって参りました」
「ボ、ボクにっ⁉」
ビクッと身震いしたロウさんの背中の毛が逆立つ。
「悪い話ではありませんよ、少しビジネスのお話をさせていただきたく……」
「マ、マイカ……」
ロウさんが小声で私を呼ぶ。
「あ、あの、スチュワートさん、私も同席していいでしょうか?」
「ん? なぜ、君が同席する必要があるんだ?」
スチュワートさんが風に流れる前髪を押さえながら片眉を上げた。
「ロウさんはとてもシャイな方なんです、私がいた方が気持ちも楽だと思って」
「いや、私は仕事の話がしたいだけで……」
「ボクからも、お、お願いしますっ!」
麦わら帽子を取り、ロウさんが頭を下げた。
「……わかりました」
「やったぁ! よかったね、ロウさん!」
「うん! ありがとうマイカ!」
二人でハイタッチしていると、スチュワートさんがあきらめたような顔で天を仰いでいた。




