ロウさんとベリー採取
ぱきっ、ぱきっと、木枝の折れる音が聞こえる。
ロウさんが先に道を作りながら進んでくれるので、いつもより断然歩きやすい。
「そこ、根っこが出てるから気を付けて」
「はーい」
こうして誰かと林に入るのは久しぶりだ。
最初はモレットさんに歩き方を教わって……ふふっ、あの頃はよく怒られたっけ。
「養蜂の方はどうですか?」
「うん、順調だよ。この辺りはキングビーが住んでいるからね。彼らの蜜はとっても美味しいんだ」
「キングビーですか、ちょっと怖そうな名前ですね」
「あはは、そうだね。でも、おとなしくて怖がりなんだよ。キングビーのキングは、蜜のおいしさが一番って意味」
「もしかして、うちの蜂蜜って……」
「そ、キングビーの蜜だよ」
「だから、あんなに美味しいんだ……」
「ははは、ありがとう――おっと!」
その時、突然ひょいっとロウさんが私を肩の上に乗せた。
「えっ⁉」
「――ごめんね、驚かせて。でも、蛇がいたから」
見ると、ロウさんの足に蛇が嚙みついていた。
「ちょちょっ、ロウさん⁉ ぷらんぷらんしてますけどっ⁉ だ、大丈夫なんですか⁉」
か、噛んでる……! 思いっきり噛んでる!
「うん、平気平気。ボクの毛皮はこの子の牙じゃ通らないから。ちょっと待ってね」
ロウさんは、私を肩に乗せたまま「よいしょ」っとしゃがむと、蛇をそっと足から外す。
「君も驚かせちゃったんだね、ごめんよ」
そう言って、そっと蛇を茂みの中へ帰した。
へ、蛇にまでやさしい……。
「もう大丈夫」
ロウさんが丁寧にそっと私を降ろしてくれる。
「ありがとうございます」
「いいよいいよ、それよりほら、向こうから川の音がするね……そろそろかな」
耳をぴくんと動かせてロウさんが少し背伸びをした。
「えー、何も聞こえないです……」
「ははは、ボクはみんなより耳がいいから」
そう言って、ロウさんが「あっちかな」と、少し先の方に手を向ける。
「わかるんですか?」
「だいたい川の近くで、日中は半分日陰になりそうなところかなぁ」
「なるほど……」
これは覚えておかないとね。
二人でそのまま林の中を進んでいくと、ロウさんが少し小走りで先を行く。
「あ、ロウさん?」
すると、振り返って私に大きく両手を振った。
「マイカー、見てごらーん。ラズベリーの群生地だよー」
「わぁ……」
そこには、辺り一面に、たくさんの実をつけたラズベリーの木が自生していた!
「やった! これだけあればたくさん果実水が作れますよぉ~!」
「そっか、果実水を作りたかったんだね。じゃあ、よかったら蜂蜜も使う?」
「えっ⁉ いいんですか⁉」
「実は、最近、新しい蜜を作れないか試しててね。アカシアの木がたくさん生えてるところを見つけたから、そこに巣箱を置いてみたんだよ」
「置く場所で何か変わるんです?」
「彼らは近くの蜜から集めてくるんだ。だから、ほんのりアカシアの香りがして、甘さはやさしくなったかなぁ。試作品でよければ感想を聞かせて欲しくて」
「もちろんっ! いつでもいくらでもっ!」と、思わず前のめりになる。
「あはは、マイカは元気でいいね。さ、早くベリーを集めよう。アカシア蜂蜜は後で厨房にあずけておくからね」
「ありがとうございます! よーし、がんばるぞー!」
それから一時間ほど、ロウさんとベリーの実を集めた。
籠に半分くらいになった。あまり採りすぎるのもよくないので、この辺で終わりにする。
「ロウさーん、そろそろ終わりにしまーす」
少し離れたところにいたロウさんが手を振った。
さぁ、後は果汁を絞って、品評会ね。ふふふ。
戻ったロウさんが籠をのぞき込んだ。
「おぉ、たくさん。よく頑張ったねぇ」
「へへへ……」
「はい、これも美味しいよ」
そう言って、ロウさんが緑色の果実を籠に入れてくれた。
「これは何の実ですか?」
「サルナシだよ。すこし寝かせて、実が柔らかくなったらそのまま食べてもいいし、この端っこをちぎって果実を吸っても美味しいよ」
「へぇ~、美味しそう!」
「ボクの村だと、果実酒にするね」
「うっ! それも、興味あります……」
「あはは、じゃあ、ボクが漬けたので良ければ、今度、味見してみる?」
「いいんですか……!」
「もちろん」
「ありがとうございます!」
ロウさんってホントにやさしいなぁ。
でも、こんなに良くしてもらってばかりじゃ悪いよね……。
「ロウさん、何か困ってることとかありませんか?」
「ん? どうして?」と、小首を傾げる仕草がたまらなくかわいい。
「その、お世話になってばっかりなので……何か、お礼がしたいなって思って」
ロウさんが鼻を爪先で掻く。
「その気持ちだけで十分だよ、ありがとう」
「ロウさん……」
すこし沈黙が流れる。
すると、おもむろにロウさんが尋ねた。
「ねぇ、マイカは……ボクのこと怖くない?」
「え? いや、かわいいとは思いますけど……できればこう、毛をわしゃわしゃっと触りたいというか……お腹の上に乗ってみたいというか……」
私は両手を広げて掴むようにする。
「あはは! そっかそっか、本当に不思議な人だね、マイカは」
「えー、そうかなぁ……」
まあ、私は前世の記憶があるから。
純粋なこっちの人達とは獣人に対する感覚が違うのかも。
「うん、不思議だよ。いっしょにいるとボクも元気になる」
「えへへ、本当ですか? なんか照れますねぇ……」
「あ、そうだ。お礼――」
「お! 何か思いつきました?」
ロウさんは自信なさそうに、
「ボクと……友達になってくれない?」と言った。
私は飛び上がって喜びそうなくらいうれしかった。
でも、ここは我慢だ。友達なら冗談っぽく返さなきゃね――。
「そうですねぇ……わしゃわしゃっとさせてくれるなら!」
両手を鷲の爪みたいにしてロウさんに向ける。
「えー、それはやだ」ぷいっとそっぽを向くロウさん。
「なんでですかー! いいじゃないですか、ちょっとだけですから~」
「だーめ、毛を逆立てると気持ち悪いんだから」
「わたしたち友達ですよね?」
「あはは、だーめ」
「私の髪ならいつでも……」と、ロウさんに頭を向ける。
「あはは! マイカもうやめて、お腹いたいよー」
「あははは!」
ふたりで笑いながら林を抜ける。
いやぁ、こんなに笑ったの久しぶりだなぁ。
すぐに、モレットさんのいる作業小屋が見えてきた。
ロウさんと、こんなに長く話したのは初めてだったけど、ますます好きになってしまった。
もう私たち、マブになれたかも……。




