マイカの推理
私とスチュワートさんはミカエルさんと合流し、保管室へ向かった。
「いま、鍵を開けますので……」
ミカエルさんが保管室の鍵を開け、スチュワートさんが中へ入る。
私とミカエルさんも後に続いた。
「あれから、誰も中に入っていないはずです」と、ミカエルさんが言う。
私はすぐに例の箱の元へ行った。
しゃがんで箱を手に取る。
執務室にあったのと同じものか……。
となると除湿? 加湿ではないのか?
楽器は湿度の変化に弱いって聞いたことがあったんだけど……。
「それは執務室と同じものだな」
スチュワートさんが後ろから私の手元をのぞき込む。
「はい、もしかしてこれが原因かなと思ったんですが……」
「――あぁっ⁉」
ミカエルさんが駆け寄り、慌てた様子で湿度調整器を手に取った。
「じょ、除湿になってる……⁉」
「えっ?」
「これ、加湿と除湿がありまして、普段は加湿にしてあるんです!」
私はスチュワートさんと顔を見合わせた。
「なるほど、やけに部屋が乾燥しているのは、楽器のためかと思っていたのですが……違うんですね?」
スチュワートさんがミカエルさんに確認を取る。
「はい、弦楽器は乾燥でネックが反ったり、木管楽器や金管楽器はタンポって呼ばれる……この部分ですね、ここが駄目になってしまうんです」
ミカエルさんは、近くにあったオーボエを手に取り、穴を塞ぐボタンのような部分を私たちに見せた。
「なるほど……これは革ですか?」
「ええ、ほかにもコルクを使っている部分もあるので……いやぁ、お恥ずかしい、すぐに気づくべきでした」
ミカエルさんが深々と頭を下げる。
「いえいえ、原因がわかって何よりです。それより、マイカ。なぜ君は気づいたんだ?」
二人が私に注目する。
「スチュワートさんに湿度調整器のことを教えていただいた時に、保管室でミカエルさんが咳をしていたことを思い出したんです」
「咳?」
「はい、しかし自室に戻られると咳は治まっていました。ということは、保管室はかなり乾燥していたんじゃないかなと。楽器の材料は木が使われていますから、湿度で伸び縮みすれば、いくら調律しても安定しないだろうと思ったんです」
「いやぁすばらしい! 噂通りですね、本当にありがとうございます!」
「ど、どうも……」
ミカエルさんにこれでもかと褒められる。
悪い気はしない。が、少し恥ずかしいような……。
「ちなみに、この調整器の管理はライネルが?」
「あ、はい、そうです」
「調律師の方ですか?」
「ああ、そうだ。いまは里帰り中でな……」
調整器を手に、スチュワートさんは何やら考えているように見える。
「でも、ライネルさんがうっかりするなんて珍しいですよねぇ」
「そうですね、戻ったら私から注意しておきます」
スチュワートさんはミカエルさんに笑みを向ける。
「いやぁ、これで演奏会に間に合います。じゃあ、私は早速みんなに伝えてきますね!」
「よろしくお願いします、あ、戸締りは私が」
スチュワートさんがミカエルさんから鍵を預かる。
ミカエルさんは嬉しそうに頭を下げると、保管室を出ていった。
「よかったですね」
「ああ、マイカのお陰だ、ありがとう」
「い、いえ、お役にたててよかったです!」
あまり感謝されると後が怖いんだよなぁ。また何かお願いされそうで……。
でも、解決したはずなのに、スチュワートさんが、どこか浮かない表情に見えるのは気のせいかな?
「では、いつもの仕事に戻ってくれ」
「あ、はい、かしこまりました!」
お辞儀をして、保管室を出ようとすると、
「先に厨房に寄ってみるといい。果実水を用意してある」と声をかけられた。
「えっ⁉ いいんですか!」
尋ねると、スチュワートさんが笑みを浮かべた。
「ああ、報酬だ。遠慮なく受け取ってくれ」
「ありがとうございます!」
いやぁ、話のわかる上司でよかった。
お手伝いした甲斐がある。
今日みたいな日に飲む果実水はさぞ美味しいことだろう。
降り注ぐ陽光に目を細めながら、私は跳ねる足取りで厨房へ向かった。
* * *
厨房でいただいた果実水を持って、私は外庭に干されたシーツの影に身を隠した。
ふふ……ここならロゼッタさんにも見つかるまい。
果実水はオレンジとクランベリーを混ぜたものだった。
少しだけ蜂蜜を入れてもらった。
もはや、おしゃれなノンアルコールカクテルみたい。
これ絶対においしいやつだわ……。
「いただきます」
口をつけると、爽やかな酸味とちょうどいい甘さが口いっぱいに広がる。
やさしい風にそよぐシーツの影、燃えるように青い芝生、まさに最高のロケーションだわ。
雲一つない青空を見上げて、そのまま芝生に倒れこむ。
ああ……最高……。
――と、視界に、にゅっと人影がふたつ。
「マイカさーん、何をやってるのかなぁ……」
「ひぎゅっ⁉」
腕組みをして私を見下ろすエミリーとヴァイオレットだった。
「へぇー、洒落たもん飲んでんじゃん?」
「いや、これはそのー、ち、違くて……」
「何が違うのかなぁ?」と、ヴァイオレット。
二人は私を挟むように腰を下ろした。
「はあ、まさか身内から裏切り者がでるとはねぇ……」
「このままロゼッタさんに突き出してしまおうか?」
両側から肩を組まれ、二人にほっぺをぐりぐりされる。
「いてて、ちょ、ふたりともごめんって!」
「ひと口くれたら、許してあげるー」
「う、うん、いいよ」
「「やったぁ!」」
先にエミリーが口をつける。
「ふわあぁぁ……あ、あまずっぱ~い!」
「は、はやく私にも!」
ヴァイオレットがコップを受け取る。
ひと口飲み終えた瞬間、すっくと立ちあがり、まるで舞台女優のように手を空へ伸ばした。
「ああ、あのバルティスのすきとおった風、夏でも底に冷たさをもつ青いそら……ああ、なんて美味しいのかしら!」
「あはは! ヴァイオレットったら大げさ~!」
エミリーが笑うと、ヴァイオレットも笑う。
「ね、マイカ、これもうないの?」
「うん、そうなのよねぇ……」
「なーんだ、残念」と、ヴァイオレットがまた芝生に寝転がった。
「あ、でも……」
「「でも⁉」」
がばっとふたりが体を起こす。
「近くの林にラズベリーがあったような……蜂蜜酒と混ぜれば美味しいかも」
エミリーが私の手を取る。
「あんた天才?」
「ロゼッタさんの方は私たちに任せて」と、ヴァイオレットが親指を立てた。
「それって……私に採りに行けってことだよね?」
ふたりが期待に目を輝かせながら同時に頷く。
「もう……わかった、わかりました!」
「やったぁ! さっすがマイカ!」
「じゃあ、夜はみんなで品評会だからね!」
二人はそう言って、仕事に戻っていった。
「はあ……」
仕方ない、やるか――。
ぱんぱんとスカートの土を払う。
私は林に行く前に、モレットさんのところで道具を借りることにした。




