魔道具
外に出た瞬間、ぶわっと温かい南風にあおられる。
「わわっ……」
風がやみ、構えていた腕をおろすと、真っ青に澄み渡る空が広がっていた。
うーん、このまま林でも行って、材料集めでもしようかと思ってしまう……。
しかし、上司を待たせるわけにはいかない。
これも仕事だ、がんばろう!
楽士棟へ向かう足取りも、この陽気のお陰で軽いのなんの。
おっ、さっそくみんなやってるなぁー。
建物の隙間から見える外庭では、まるで白い水平線のように洗濯したてのシーツが干されていた。
今日は絶好の洗濯物日和だもんねー。
これは乾くのも早いわ。
「昨日の部屋か……ここだよね」
うーん、ミシェル王子もいらっしゃるんだろうか。
できるなら、二人セットはやめていただきたいものだが……。
気持ちを切り替え、装飾の施された扉をノックする。
「失礼します、マイカです」
「開いているから、入ってくれ」
中からスチュワートさんの声が聞こえてきた。
「失礼します」
中へ入ると、本棚に本を差し込むスチュワートさんの姿があった。
どうやら王子はいないようだ……よしっ!
「おはようございます、スチュワートさん。今日は殿下はいらっしゃらないんですね」
「気になるか?」
「いえいえ、そういうわけでは……」
「この部屋は元々、ミシェル殿下の私室だったんだが、文官用の共有執務室にと下賜されてな、場所がちょうどいいからよく使うんだ」
「なるほど……」
へぇ、ミシェル殿下ってモブの割りに優秀というか……。
まあゲームでは出番なんてほぼなかったし……どんな人かもわからなかったもんね。
たしか、唯一の出番であった剣技大会では、メイン攻略対象の王子に負けちゃうんだっけ……。
「リストは持ってきてくれたか?」
「あ……」
スチュワートさんが眉をひそめて私を見る。
「忘れたのか?」
「すみません……あまりに気候がよかったもので……」
「お前は猫か⁉」
やばい、機嫌を損ねる前に挽回せねば!
「す、すぐにお持ちしますので!」
「あ、おい!」
私は素早くお辞儀をした後、楽士棟へ走った。
やばいやばい……!
いそげいそげ!
中庭に面した外廊にさしかかり、いったん、走るのをやめる。
ここでは走ることを禁じられているのだ。
しかし、いまは非常時――。
よし、今ならだれも見てないよね?
私は靴を脱ぎ、両手に持って思い切り駆け出した。
まさか、その姿を遠くから眺めている誰かがいるとは知らずに……。
* * *
ミカエルさんからリストを受け取った私は、スチュワートさんの待つ部屋に戻っていた。
「ほぅ、症状のでていない者も書いてくれたのか……。なかなか気が利くな、楽士にしておくには惜しい」
「……」
スチュワートさんはリストを眺めながら、顎を触っている。
私はじっとその様子を見守っていた。
「マイカ、このリストを見て何か気づいたことはあるか?」
「えっと……症状の出ている楽器は、ほとんどが大型のものですね」
「そうだ。個人の部屋に保管してあるヴァイオリンなどに問題は起きていない」
「となると、保管室にある大型の楽器に何かあったのでしょうか?」
「……たしか保管室を見たと言っていたな? 実際に見て、何か気になったことは?」
「気になったこと……」
清掃も行き届いていたし、楽器も整頓されていた。
特に変なところなんて……。
――あの箱……、あれは何だったんだろう?
保管室の四隅に置かれていた魔道具らしき箱が脳裏をよぎる。
「そういえば、保管室で見慣れない魔道具のようなもの……あ、これ……」
ふとこの部屋の隅に、あの四角い箱があるのを見つけた。
「スチュワートさん、これは何ですか?」
「ん? ああ、それは湿度調整器だ。この部屋は貴重な書物が多いからな」
そうか、湿度が高いと本にカビが……。
ミカエルさんが咳をしていたことも思い出す。
湿度……咳……乾燥?
私は前世の楽器屋さんで、加湿器が置かれていた光景を思い出す。
「――そうか!」
「どうした? 何かわかったのか?」
これは……わかったかもしれない!
「スチュワートさん、調べたいことがあります! すぐに保管室へ行きましょう!」
「あ、あぁ、わかった……」
私の勢いに少し押されながら、スチュワートさんが頷いた。




