騎士団宿舎
騎士団宿舎に着いたとたん、エミリーが私の後ろに隠れた。
「ちょ、ちょっと……エミリー?」
「あわわ……無理、マジで無理だからマイカ先に入って……」
「もう、さっきまでの威勢はどこいったのよ……」
私は宿舎の中に入り、
「失礼しまーす! どなたかいらっしゃいませんかー!」と声を掛けた。
しかし、奥に人の気配はなく、返事も帰ってこない。
「変ねぇ、留守なのかしら……」
「ねぇねぇ、マイカ……宿舎って、いつもこんな感じなの?」
「え?」
エミリーが宿舎内を見渡しながら、通路に落ちているゴミや脱ぎっぱなしの衣類を足でつついたりしている。
そういえば、あんまり気にしたことはなかったけど、衛生的とは言えない状態だよね……。
「掃除は当番制みたいなんだけど……、たしかにあんまり綺麗じゃないかも」
「こんなのロゼッタさんが見たら、庭木に吊るされちゃうよね……」
「うん……」
「あ――」
突然、エミリーが何か思いついたように顔を上げた。
「どしたの?」
「マイカ! わたしいいこと思いついちゃった!!」
そう言って私の両手を取り、ぶんぶんと上下に振る。
「私たちで掃除するのよ! そしたらさぁ~、騎士様たちとお近づきになれるじゃん!」
「でも、そんなのロゼッタさんが許してくれないと思うけど……」
「だからぁー、マイカがレオナルド様に提案すんのよ! 私たちでパパッと掃除できちゃいますよーっとか言って、レオナルド様から依頼が来るようにすればロゼッタさんも反対しないでしょ?」
「エミリーって、ほんと悪知恵が回るわねぇ……」
「そこは機転が利くって言ってくれる?」
「何が利くんですか?」
男性の声に振り向くと、レオナルドさんが立っていた。
その後ろには団員たちがぞろぞろと続いている。
「あー、マイカだ! 荷物なら奥だぜ?」
レオナルドさんの背中から、トニーがひょっこり顔を出した。
「トニー、持ってきてあげなさい」
「あ、いえ、自分で……」
「そういうわけにはいきません。御覧の通り、お見苦しい状態ですので。ほらトニー、早くしなさい」
「ちぇ……マイカには優しいんだから」
「トニー!」
レオナルドさんが声をあげた時には、すでにトニーは姿を消していた。
「まったく、すみません……」
「いえ、こちらこそ長い間、あんな荷物を預かっていただいて……本当にありがとうございました」
お礼を言うと、エミリーが肘で私をつついてくる。
「あ、レオナルドさん、こちら同僚のエミリーです」
「はじめまして、レオナルドさま……エミリーともうします……」
どこから声だしてんのと突っ込みそうになるくらい可愛らしい声を出すエミリー。
レオナルドさんはすこし照れているのか、「こ、これはどうも……」と、言いながら首筋を触っている。
「みなさまもはじめまして、エミリーです」
レオナルドさんの後ろから顔をのぞかせる団員さんたちが歓声をあげた。
「エミリーさん、よろしく!」
「うっひょー、俺超タイプなんだけど!」
「ちょっと、俺にも見せろよ!」
「エミリーちゃーん!」
うわぁ……初めてこの宿舎に来たときのことを思い出すわ……。
なんていうか、悪気はないんだろうけど、団員さんたちってテンションあげすぎなんだよねぇ。
エミリーはまんざらでもない様子で、小さく手を振ったりして愛想を振りまいている。
「オホンッ!」
レオナルドさんの咳払いで団員さんたちがサッと顔色を変えた。
「じゃ、じゃあ、そろそろ着替えないとな」
「おぉ、そうだな、行くか」
「マイカ、またねー」
「エミリーちゃん、また来てねー」
ぞろぞろと奥へ消えていく団員さんたち。
レオナルドさんはやれやれとその後ろ姿を見てため息をつく。
「男所帯なもので、女性が来るとすぐに羽目を外してしまうんです。すみません」
「いえいえ、とんでもない!」
「えっと、ほら、マイカ。レオナルドさまに、お話しがあったんじゃなかったっけ?」
エミリーが私に圧をかけてくる。
「あ、う、うん……」
レオナルドさんが、「私にですか?」となぜか顔を明るくした。
「あの、もしよかったらなんですが……その……」
エミリーがぐいぐいと腰のあたりをつついてくる。
「この宿舎、私たちの方で一度、綺麗にお掃除するのはどうかなと……」
「いや、さすがにそれは……」
レオナルドさんは困惑しているようだった。
「これくらい、私たちなら半日もあればピッカピカですよー、ね、マイカ?」と、エミリー。
「う、うん、そうね」
「しかし……」
「いいじゃん、綺麗になるんなら。やってもらいましょーよ、みんなの士気もあがりますよ?」
と、トニーが奥からのぞいている騎士さんたちに親指を向けた。
「……たしかに」
「綺麗になると、やる気もあがりますから。それに、衛生的にしておくのは、よくお怪我をされる騎士様たちにとって非常に重要なことだと思います」
「マイカさんがそこまで言うなら……わかりました。私の方からスチュワートさんに相談してみましょう」
「はい、ぜひぜひ!」
エミリーが満面の笑みで応えた。
「ほら、荷物」
トニーが箱を床に置く。
「ありがとね」
「別にこれくらいいいよ、じゃあなー」
そう言って、トニーは奥へ戻っていった。
「すみません、礼儀がなってなくて……」
「いえ、私は平気ですよ。むしろ、話しやすくて助かってます」
「え……そうなんですか⁉」
レオナルドさんが、何か考えるように手で口を隠した。
「そういえば、今日も団長さんはいらっしゃらないんですね?」
「ええ、王子に頼まれて、隣国の騎士団に出張指南に行っています」
「出張指南?」とエミリーが首を傾げる。
「リチャードさんは、剣術の達人だからね。手ほどきに行ってるってこと」
「へー、すごいんだ……」
「リチャードの祖父はローリンデンの騎士団長でした。その血を受け継いだのでしょう」
「ローリンデンってあの⁉」
エミリーが目を見開く。
メイン王子とヒロインの国。
前世の乙女ゲーの舞台だったローリンデン王国……。
いまはどうなってるんだろう? 機会があれば観光へ行ってみたいなぁ。
「副団長、そろそろ……」
団員さんがレオナルドさんを呼びに来た。
「あ、すみません長居してしまって、お荷物ありがとうございました」
「いえ、お役に立ててよかった。では、エミリーさんもまた」
レオナルドさんは胸に手を当て頭を下げた。
私とエミリーも深くお辞儀を返し、ふたりで騎士団宿舎を後にした。
* * *
「はぁー……レオナルドさま、素敵だったなぁ……ってか、マジその荷物よく預けられたわね?」
「え? そんなに匂うかな?」
「……」
とぼけたように答えると、エミリーが怖いものでも見るように絶句した。
「ご、ごめん……まあ、回収はできたし……あはは」
「ったく、気をつけなさいよ?
宮廷侍女たるもの、Simplicity・Sincerity・Serenity、この3Sを心に『清楚』とす――、でしょ?」
やれやれといった感じで私を見た後、エミリーは口元を歪めて笑った。
「ま、でもこれで種まきは終わったわ……。あとは通達があるのを待つだけね。ふふふ……」
そのダークな笑みを見ながら、清楚とは……と心の中で突っ込んでみる。
「うまくいくかなぁ?」
「いくに決まってんでしょー? あのレオナルドさまの依頼だもの」
そう言ってエミリーは、
「じゃあ、私、ヴァイオレットにも言っておくからー」と、手を上げた。
「あ、うん、ありがとー。また明日ー」
エミリーと別れ、私は自分の部屋に荷物を運びこんだ。
「ふぅーっ、やっと元通りか」
棚に小物類を戻し、道具箱やら端切れやらを片付ける。
「さてと、明日はヤバそうだもんね……はやく寝よっと」
私は体を拭き、着替えを済ませるとベッドに潜り込んだ。
疲れていたのか、考える間もなく私の意識は遠のいていった……。




