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クリア後の世界

ご好評につき連載版をはじめます!

続きを期待してくれた皆様、ありがとうございます!


【長編化にあたっての変更点】

・国王さまからのご褒美は全侍女だけで騎士団には振舞われないようになっています。

・キャラ容姿など加筆しています。

【更新時間】

・毎日お昼の12時更新です。


短編の続きは5話からとなります。

どうぞごゆっくりとお楽しみください。

「お、お前との婚約は破棄とする!」


大理石に覆われた広間に、殿方の震えた声が響く。

お相手のご令嬢は眉一つ動かさず、膝を小さく折って礼を返した。


「ええ、よろこんで承りますわ。では、ごきげんよう」

「えっ……⁉」


殿方はあからさまに狼狽えていた。

あわあわと宙を掻くように、去りゆくご令嬢の美しい背中に手を伸ばしている。


颯爽と立ち去る麗しきご令嬢の姿はもう見えない。

がらんとした広間に残されたのは、がっくりと肩を落とす殿方だけだった。


――触らぬ神に祟りなし。

うっかり巻き込まれでもしたら、超ホワイト待遇な宮廷侍女の職を失ってしまう。

それだけは、何としても避けなくては――。


様子を遠巻きに伺っていた私は、そそくさとその場を離れた。



    *  *  *



宮廷の廊下に沿って並ぶ低木を横目に早足で歩く。

平行して流れる浅い水路の輝きが、枝葉の隙間から一定のリズムで飛び込んでくる。


中庭に目を向けると、中心には水瓶を担いだ女神像の噴水があり、その周りを白い蝶々がひらひらと舞っていた。


さっきまでの修羅場が嘘みたい。

それにしても、最近多過ぎじゃないかしら……。


これで、今月に入ってから、もう二度目の婚約破棄。

まさか、クリア後の世界で『婚約破棄』が流行るなんて考えもしなかった。


婚約破棄宣言で、お相手の気持ちを確かめるなんて……正気なのかな?

私ならそんなことをされた日には、いくら好きな男性でも嫌いになる自信があるけど……。


その時、反対側の廊下から、亜麻色のショートボブを揺らしながら同僚のエミリーが歩いてくる。

私に気づいたエミリーが大きく手を振った。


「マイカぁー! モレットさんが後で寄ってくれってぇー!」

「わかったぁー! ありがとぉー!」と、負けずに大きく手を振り返した。


「あ、そういや『魔獣の油』もなくなる頃だっけ……」


私はその足で、外庭にある離れに向かうことにした。



    *  *  *



この世界は私の前世にあった乙女ゲーム『婚約破棄から始めましょう』の中である。

攻略対象である大国の王子達と学園の剣技大会で対戦するモブ王子の国――、それがこのバルティス王国だ。


といっても、すでにヒロインと攻略対象の王子は結ばれている。

モブ王子も学園を卒業して帰国し、今は国王様の元で帝王学とやらを学んでいる。


そう、私が転生したのは、すべてが丸く収まったクリア後の世界なのだ――。


最初は戸惑ったけど、思いのほか宮廷侍女の仕事が好待遇だった事と、趣味のDIYを楽しめる環境に、私はストレスだらけだった前世よりも充実した毎日を過ごせている。


「モレットさぁーん、マイカです、モレットさぁーん?」


離れの扉を開け、中に向かって声を掛けた。

住み込みの庭師達の住居も兼ねているので、離れといってもそれなりの大きさがある。


ひょこっとモレットさんが作業部屋から顔を覗かせた。

もじゃもじゃの髭と、つるつるの頭がトレードマークだ。

『逆なら良かったのに……』と、いつも嘆いている。


「おぅ、マイカ、こっちだ。そろそろ来る頃だと思ってたぜ」

「お邪魔しまーす」


モレットさんに手招きをされ、作業部屋に入った。


部屋の中央には横長の作業台が置かれ、壁には色々な道具が掛けられている。

窓際に大きな蒸留窯があって、周りには大小様々な瓶が所狭しと並べられていた。


「昨日、ローズマリーを蒸留したばかりだからな、ちょっと臭うぞ」

「うわっ、ほんとですね……でも、もう慣れました」


いくら爽やかな匂いでも、あまりに濃いと目が回りそうになる。

最初はすぐに吐きそうになって、モレットさんに追い出されたっけ。

そう考えると、私も成長したよなぁ……。


モレットさんが大きな壺から精油を抜き取って瓶に詰めてくれた。

キラキラと輝く黄金色で不純物が混ざっていない。

さすがモレットさん、丁寧なお仕事です。


「これがロゼッタさんに頼まれてた分、それとこの小瓶はお裾分けだ」

「えっ⁉ いいんですかっ⁉」


「おぅ、持ってけ持ってけ」

「うわぁー、綺麗ですねぇ! ありがとうございます!」


「それと、これは頼まれてた魔獣の油だ」

「やった! 助かりますっ!」


「しかし、お前も本当に変わったやつだよなぁ。魔導ランプを使えばいいだろう?」

「まあ、たしかにそうなんですけど……味気ないっていうか。それに、わざわざ魔力を貯めてもらいに行くのが面倒で……」


王宮の魔道具は魔術師達が定期的に補充や整備をしているが、私たちのような侍女が使う生活魔道具となると、自分で魔術塔に出向く必要があるのだ。

しかも、その時の魔術師の高慢な態度ったら……。


「ふぅん、ま、好きにしな」

そう言いながら、モレットさんが(ひげ)手櫛(てぐし)を入れる。


「えへへ、ありがとうございます。あ、ハンドクリームまだありますか? 良かったら作って持って来ますよ?」

「おぉ、それは助かる。マイカの作ったクリームはみんな喜ぶからな」

「またまたぁ~嬉しいことを言ってくれますねぇ。じゃあ、今度はたっぷり持って来ます」


まさか、前世でハマったハンドクリーム作りの知識が役に立つとは……。

調理場の手伝いをして知り合った出入りの養蜂家から良質な蜜蝋が手に入るというのも大きい。どこの世界でも人付き合いというものは大事なのだ。


「そういや、国王様がケツが痛いって嘆いてるらしいぞ」

「え?」


モレットさんがくくくと肩を揺らす。


「いや、笑っちゃいけねぇんだが、王座ってのはどうも冷たくて固いらしいな」

「たしかに、ずっと座ってらっしゃるから……」


謁見も多いときは朝から夕方まで続く。

その間、国王様は座りっぱなしになってしまう。


しかも、王座は代々受け継がれた由緒あるものなので、かなり無骨な造りになっている。

想像しただけでも辛そう……。


「回復魔法を使えばいいのによぉ、私用で魔術師を呼びたくないんだとさ」

モレットさんが呆れ顔で肩をすくめた。


「ったく、王様なんだからもっと好き勝手やりゃぁいいのになぁ」

「ありがたいことですけど……なんだか、ちょっと可哀想ですよね」


小国のバルティスが平和なのは、ひとえに国王様の外交努力の賜物である。

根っからの善人で、嘘みたいに国民のことを第一に考えてくださる御方なのだ。

最近はモブ王子も頑張っているらしいが……。


「ま、どうにもならなくなりゃ、誰かが回復術師を呼ぶだろ」

「そ、そうですよね……。あ、じゃあ、これ、もらっていきますね」

「おう、またな、クリーム頼むぞー」

「はーい」


私はモレットさんに軽く会釈をした後、精油と魔獣の油の入った瓶を手に取って自分の仕事に戻った。

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