プロローグ:黒き世界と黒い希望
「はっ、はぁ、はっ、はぁ……!!」
私は逃げ回る。
身体が重たい。血がとめどなく溢れているのが分かる。服もズタボロだ。
こんなことになってしまうだなんて、思わなかった。
「っ……! お父さん、お母さん……!!」
私はそう呟いて首を横に振る。
あの二人もダメだ。私じゃ、助けられない。みんなを、助けられない。
くそっ、くそくそ!!
「こっちだ!」
「いたぞ!」
「っ!」
私は後ろから聞こえてくる声を聞き、再び走る。
雨が降っている。私の心情を表しているかのように、土砂降りだ。
私は走って走って、走る。
何時間走ったのだろう。そこはもう、私の知っている景色ではなかった。
私は森から外に出て、周りを見渡す。どうやら、傾斜の道に出たらしい。
私は、木に背中をつけて、ずるずると腰を下ろす。
「みんな……なんで……なんで……」
そう呟き、私は目を閉じる。
◇◆◇
──……土砂降りになっちまった。
黒い目と、頬に傷を持つ男がそう考えながら道を歩いていく。
服は黒いモッドコートと暗い茶色のズボン。そして、登山用にも似たブーツを履いていた。
彼にとって雨とは最悪なものであり、様々な場所を歩く彼は、雨が嫌いであった。
彼が雨が降る場所に向かうと、大抵なにか厄介事に巻き込まれるからだ。
彼はほんの少し前の記憶を思い出す。
それは、ちょうど雨が降り始めた時に、自身の乗っている飛行機がハイジャックされた時であった。
飛行機は降下しているのに、いきなりハイジャックされ、地面に激突するのではないかと思った時には、ヒヤヒヤしたと語る。
そんな彼は歩き、歩き、そして目の前を見る。
「……あ?」
雨と共に真っ赤な色の液体が流れてきていた。
男はしゃがんで確かめる。やはり、それは血であった。
男は周りを見渡し、ほんの少しだけ目を見開く。
木に寄りかかるかのように項垂れている少女の姿があった。
オレンジ色の髪の毛と、毛先は紅く染まっている頭をこちらに向けていたのだ。
華奢な体をしているが、確かに頭からは角のようなものが生えており、異形の存在であることを示していた。
そしてなによりも、その血だらけでありボロボロの服と血が大量に流れているその姿が、彼にとって興味を引かせるものであった。
何があったのか、何をしでかしたのか、何をされたのか。
知的好奇心とも、ただの運命とも言えるその行動はで、世界は変わる。
彼は近づいて、声をかける。が、反応がない。
「……はぁ」
男はため息をついた。
「死体かなんかか?」
◇◆◇
改めて言えば、これはとある記録である。
我々とは住む世界が違う人間たち、いや、人間だけではない。
異形なる存在も住む世界。そんな世界の物語。
我々は、そんな記録を今読み解く。
それは、誰かの記憶の話。
それは、我々の想像の話。
それは、読者の情熱の話。
ここに記される物語は、決して現実に起きたことでは無い。
だが、ここに記されている物語は確かに存在していたやもしれない者たちの物語である。
1人の青年と、異形である少女の出会いから紡がれる、血統の話。
その血統は、記憶と共に受け継がれ、共に成長し、そして後世に託される。
それは、その人の血統の話。
それは、神々を殺す一族の話。
我々は、その記録を、物語上で示す。
これは、最初の話。1部の話。
名前をつけるならば、そう……
『ブラックアビス・ドラゴンメディヴァール』という話である。