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雨に濡れた桜 ~能面課長と最後の恋を~  作者: 國樹田 樹


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能面課長と育つ心

「今日は本当に、ありがとうございました。助かりました」


 玄関先で挨拶を交わしながら、私はパジャマの上に羽織った厚目のカーディガンを握り締めた。


 寒くはない。むしろ課長が作ってくれたお粥のおかげで身体は温まっているくらいだ。


 ただなんとなく、むず痒いというか、足元が心許ないというか。


 まあ……結局寝起きのままで課長といるわけだから、居心地悪くて当然なんだけど。


 要は恥ずかしいだけなのだから。


「いや、こちらこそ突然押しかけてすまなかった。明日は無理しなくていいから、ゆっくり休んでくれ」


 つい先ほどまで、台所でお鍋を手にしていたとは思えないほど、彼は普段通りの姿に戻っていた。


 スーツのジャケットを脱いで、腕捲くりをした姿はとても新鮮だった(というかすごく格好良かった)ので、正直もう少し見ていたかったけれど、そんな事言える訳もなく。


 私にお手製の卵粥を食べさせ、風邪薬を飲むところまできっちりと見届けた課長は、後片付けまでこなし(もちろん断ったけれど拒否された)会社にいる時と変わらぬ姿でうちの玄関に立っている。


 違うのは、その目に映る感情だけ。

 瞳の中の光が、心配そうに揺らいでいた。


「課長のおかげで大分楽になったので、明日には出社できると思います」


 笑顔で言った私の言葉に、課長が僅かに眉を眇める。


 あ、疑ってる。


 今言ったのは本当だ。


 栄養ドリンクと風邪薬、かつ課長お手製お粥というトリプル仕様のおかげか、体調はかなり楽になっている。この分なら、明日には全快しているだろう。元々あまり長引かない体質だ。


「本当ですから、心配しないでください」


 苦笑してそう続けると、課長の瞳が普段と同じに戻った。


 結構心配性なのかもしれない。


 気遣いが少々むず痒く、そして嬉しかった。


「わかった。だが、くれぐれも無理はしないように」


 課長は念を押すようにもう一度言うと、今はもう空いている右の掌を私に向けてそっと伸ばした。


 少し前まで、白いコンビニ袋やお鍋を持っていた手の指先が、僅かに私の頬を掠める。


 私はそれを、ゆっくりと風に落ちる花びらを見るように目で追っていた。


「……また明日」


「は、い」


 かろうじて返した返事が課長に届くや否や、彼はその大きな背中をドアの向こうへと消してしまった。

 本庄課長が帰って行く足音だけが、触れられた頬を抑える私の心に響く。


 ———少しだけ、熱が上がった気がした。


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