第9話
外は真っ暗だった。
街灯がうっすらと道を照らしている。どこに行くのかあてはなかった。
小遣いは全ておいてきたので、手持ちのお金は0だ。勢いよく飛び出したものの、荷物は2日分の服と下着、それに化粧道具が少し入っているだけだ。
金はないから、宿には泊まれない。
毛布や寝袋もないので、野宿もできない。
秋が近づいていて、夜道は冷える。どこにいけば良いのかわからず、彷徨うようにあてもなく歩き続けた。
夜空に並ぶ、鈍く光る星が、一瞬光った。
頼れる人が、一人だけ頭に浮かぶ。
私は、街へ向かって方角を定めた。今日2回目の訪問になる。
リリアンは、私が訪ねると、驚いた表情を見せたが、優しく受け入れてくれた。
「アルル、事情はわかったわ。何日でも、泊まっていいからね」
リリアンは、温かいスープを出してくれる。ポタージュの香りが、夜道をあてもなく歩いた手足の冷たさをほぐしてくれる。
「あったかい」
私は、安堵したからか、涙ぐんでいた。
「それにしても、家を飛び出すのは、やり過ぎじゃない?せめて、アパートを契約をしてからとか、新しい職のあてが見つかってからとかさ」
リリアンは、無鉄砲な行動に、呆れ顔だ。
「お父様の言い方が、あまりにも一方的で、ついね」
「まぁ、アルルの無計画な行動は、昔からだからね。慣れてるっちゃあ、慣れてる。私が家出したときは、世話になったし。お互い様よ」
リリアンは、苦笑しながらも、理解は示してくれた。昔馴染みの友人は、ありがたかった。
「それにしても、アルルが家を出る原因になった、ミンティアの言葉、なんだか意味深ね」
「いつから、私のものを奪いたかったんだろう」
「でも、ミンティアに会ったのは、つい最近でしょ?」
「そう、確か、カールに出会う、少し前だったと思う。私の家に、父親のアデイン伯爵と一緒に、一度遊びに来たの。多分、うちの親との借金の話だったのだと思う」
私は、1年前の記憶を呼び起こす。
「ミンティアは、アルルの家を見て、なんでも手に入れているようで、羨ましく思ったのかもね。だから、あなたに接近をした。カールと初めて会った社交会にも、ミンティアはいたんだよね」
「そう、思い出せば、ミンティアはいつも私が行くところ、料理教室やお花のお稽古にもいたわ。いつも控え目だから、あまり気にならなかったけど」
特にカールと出会ってから、1年間、ミンティアが常に私の近くにいた。
だから、ミンティアは少しずつ、カールと距離を近づけていけたんだ。
「でも、カールのことを愛してないのにね。不思議だわ」
「ミンティアの行動がわからない」
「カールは、バカよね。そんな簡単にミンティアにつかまって、子どもまで妊娠させて。もう一生、ミンティアから逃げられないわね」
リリアンは、心底うんざりした顔をする。
しかし、カールもカールだが、私もあまりにも無防備だったかもしれない。
世間知らずにも、程がある。
ミンティアは、心の底で、私の甘さを笑っていたのかもしれない。
「私、ミンティアを許せない。私は世間知らずだったかもしれないけど、こんな仕打ちをするなんて。私は、ミンティアに、何もしてないのに」
「そうね。気持ちはわかるわ。やっかみも良いところよ。許さなくていいんじゃない?」
「でも、なぜか許せない自分が、許せなくなるの」
「?」
「よくわからないけど、許せないという憎しみが、私は花婿に結婚式当日に逃げられた女で、負け犬なのだと、囚われてしまうの」
「アルル、もう気にしなくても良いのよ!忘れてしまいなさいよ!」
リリアンは、両手で私の肩を揺らし、真剣に言い聞かせようとする。
「わかってる。でも、許せなければ許せないほど、二人が気になって仕方ないの」
知らずに涙が出てきていた。
どうすることもできない、醜い感情が私を支配している。
負けたくない。私は、悪くない。私の方が正しいのだと、足掻く自分がいる。
「カールとミンティアは、なんて、酷いことをするのかしら」
リリアンは、私を抱きしめて、同情してくれる。
「仕方ないのよ。くよくよしていても仕方ないし、前に進まないと」
私は、リリアンのココアのような甘い香りに、前向きにならないとと、強い気持ちを取り戻す。