第17話
急いで荷物をまとめると、お姉様と足早に修道院を後にした。
部屋にミリアンが帰って来ていたので、ミリアンにだけは、事情を話しておいた。
ミリアンは、私が去ることを寂しそうな顔を見せたが、お父様の命を神に祈って、見送ってくれる。
「アルル、シスター・アメリアには伝えておくから、心配しないでね。必ず一度、遊びに来てちょうだい!」
ミリアンは、ふくよかな頬を赤らめて、叫んでくる。
私とお姉様は、ミリアンの声を背後から聞きながら、早足に家路へと急いだ。
家に戻ると、お母様は心底嬉しそうに私に抱きついてくる。
「アルル!良かった!帰って来てくれたのね、ありがとう!」
「事情はお姉様から聞いたわ。お父様は?」
「もう3日も意識が戻らないのよ。医者も今夜が峠だと。お父様は、アルルの名前を読んでいるわ。早く行ってあげてちょうだい」
お母様が笑顔を見せたのも一瞬、心配そうに涙ぐんでいる。
私はお母様の手を取って頷き、二階にあるお父様の部屋へと急いだ。
「お父様!アルルです!帰りました!」
お父様の部屋に駆け込むなり、私は大声で叫んだ。
ベッドに横になっているお父様の頬は、げっそりと削ぎ落ち、皮だけになっているように見えた。
「お父様!お父様!」
握りしめた手はひんやりと冷たかった。
「アルル、アルル」
お父様は、弱々しく私の名を呼んでいる。
「お父様、アルルです!アルルです!」
何度もお父様の名を呼ぶが、お父様は目を閉じて、苦しそうに私の名を呼び、呻くだけだった。
お姉様もお父様の手を取り、何度もお父様を呼んだ。
私たちは、その日は寝ずに朝までずっと、繰り返しお父様の名を呼び続けた。
「アルルや」
翌日、いつの間にかお父様の側で眠ってしまった私を、お父様が優しく頭を撫でて、起こしてくれた。
「お父様!良かった!意識が戻ったのですね!」
「お父様!」
私とお姉様は、お父様が助かった喜びに、お互い抱きついてしがみついた。
お父様はめっきり痩せてしまったが、目には力が入り、輝きを取り戻していた。
往診に来た医者も、もう大丈夫だと言って、帰っていく。
お父様は、お母様が作った粥をベッドで食べ始めた。私は、そっとお父様に寄り添って、食事の介助をする。
「アルルや。お前の気持ちも考えず、一方的に怒鳴ってしまって悪かった」
謝罪を口にするお父様の姿は、弱々しく、一回り小さく見えた。
「いいのです、私も結婚式からずっと、起こったことを受け入れず、逃げてしまっていました。カールとミンティアのこと、すべてを人のせいにしていました」
私は胸に手をあてて、神に告白をするようにお父様に話した。
お父様は、黙って私の話に耳を傾けてくれる。
「でも、私は家名を盾に、傲慢になっていたのです。まわりの人は、ずっと我慢していたのだと思います。だから、もうカールとミンティアのことは許します。貧困街で修道女として生活をして、二人の赤ちゃんを見て、こだわりは泡となって消えていきました。お父様も、もうカールとミンティアのことを、許していいのです。私のために、一緒になって戦い、守ってくれて、ありがとうございます」
私は、お父様に微笑み、手を握りしめて頷いた。
「アルルや、結婚式のことは辛かったと思う。落ち込んで部屋から出なくなってしまったお前を見て、わしも、二人のことは憎くて仕方なかった。でも、お前が許すと聞いて、二人のことはどうでも良くなった。就職のことなど、わしが圧力をかけていたものは全て解除しよう」
お父様も、正直な気持ちを私に話して、すっきりとしたようだった。
食欲もでてきたようで、どんどんと食事を進めていく。
結婚式のことで自分一人が傷ついていたように思っていたが、お父様、お母様、お姉様、リリアンたちが、一緒に傷を負ってくれていたのだと知る。
私は、結婚式で花婿に逃げられたことで、自立ができ、人の気持ちがわかるようになった。
一皮むけて、成長できたのだ。
これから、リリアンのところに行って、今の気持ちを話そう。
それからシスター・アメリアのところに行き、もう一度、修道女見習いを続けられるように嘆願をしてみよう。
だめかもしれないが、全てありのままに話したら、受け入れてくれるかもしれない。
希望と不安を抱きながら、確実に、一歩一歩と前に進んでいく。
~完~




