神様の恋心は極彩色 天邪鬼
今日もいつも通りに朝がやってくる。
昨日がどんなに辛くて明日を迎え入れられなくても、昨日がどんなに楽しくてこの瞬間が永遠に続いて欲しくともその日は終わりを迎えて、新たな時を刻む。
閉めているカーテンの隙間からは、もう外が朝になったことを知らせてくれる。
しかし、俺の体は起きようとしない。ベッドに吸い付いているかのように体は決して起き上がろうとはしないのだ。別に起きるのがだるいとか…学校に行くのが面倒とかなんて思っていたりはしない。
俺は一つ、あることを密かに期待していた。
「起きなさい?じゃないと食い殺しちゃうわよ?」
なんとも物騒なモーニングコールだと思う。きっと冗談に違いないと思うが、彼女がそう言うと冗談でも笑えない。なぜなら、彼女は神様なのだから。
「おはよう、モクレン」
「おはよう?お寝坊さん」
時計を見るがまだ7時前で決して寝坊なんてことはない。だが、モクレンは俺をお寝坊さんと呼ぶ。
虚ろな目を擦り、体を起こして立ち上がる。部屋の入口の前で俺のことを待っているモクレンは、俺が立ち上がるのを見るとリビングに戻ってしまった。俺は洗面所に向かい、冷たい水で顔を洗う。
ピシャッと顔に水をかけるとぼやけていた思考が段々とはっきりしていく。
リビングに行くと既に朝食がテーブルの上に2つ用意されていた。俺の分とモクレンの分だろう。
「ふあぁ~…眠い」
椅子に座るとモクレンもまた対面の椅子に座る。
この朝食は母さんのかわりにモクレンが作ってくれたのだ。母さんが仕事で朝が早い日は、モクレンがこうして朝食を作ってくれたりすることがある。最近は、なぜだがその頻度が増えたように思えたが…
気の所為だろうか。
「食べましょ?」
「そうだな。頂きます」
今回の朝食はかきたま汁に白米、そして野菜の漬物だった。吸い物を食べると朝の冷気に冷えた体が段々と温まっていくのを感じる。
「美味い…」
「そう、まぁ、私が作ったから当たり前だけどね」
「そうだな」
「ふふ」
彼女は嬉しそうに笑う。そして、笑顔のまま俺が食べている姿をジッと見つめる。
気にせずに食べていると彼女の手が俺の口元に触れる。
「えっと…」
「お米付いてたわよ」
「あぁ、ありがとな」
「別に…」
不意にそんなことをされるとドキッとするからやめて欲しいが、こんなにお世話をされていては文句の一つも出ない。数年前に突如として家にやってきた神様。母親の実家の方で信仰されていた神様のようで、訳あってこちらに来たようだった。最初は驚いた。当時、俺は中学生だったが、彼女の容姿は俺と同じか少し上程度であった。そして、滅茶苦茶に綺麗だったこと。
何をするにもオドオドしており、自身がなさそうで神様に似つかわしくないぎこちない笑みを浮かべていたこと。それらに驚いた。
だが、今ではこうして一緒に朝食を食べ、暮らしている。今の彼女の笑みは当時の笑みよりも遥かに綺麗な笑顔だろう。いつからだろうか、こんな顔をして笑うようになったのは。
俺はそんなことを考えながら食べているとあっという間に食べ終わってしまう。
「ご馳走様でした」
「お粗末様でした」
「美味しかったよ、いつもありがとう」
「私の分を作るついでに作ってるだけよ。気にしないで…それより早く学校に行かないと遅れるわよ?」
「そうだな。じゃあ準備してくる」
俺はお皿を片付けて部屋に戻り、制服に着替えてカバンを手に取る。
部屋から出て、モクレンが居るリビングに顔を出す。彼女は鼻歌を歌いながら皿を洗っていた。
「モクレン?」
「なッ何?」
「いや、行ってくるよって」
「あぁ、はい、行ってらっしゃい」
「うん、あと今日は少し帰りが遅くなると思うから」
「え?そうなの?」
「うん、少し用事があるからさ。夕方ぐらいには帰るから」
「…そう、わかったわ」
彼女は何か言いたそうな顔をしていたが結局は何も言わず、俺を送り出してくれた。
強い朝日を浴びながら俺は、学校へと向かう。
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私の朝は早い。太陽がのぼりきる前に起きて彼の寝ている場所に忍び込む。
そして、ゆっくりと抱きつきながら彼の温かさを体感する。
くっついているとじわじわと自分の体が温まり、顔が熱くなってくるのがわかる。
知っている。こんなことをしてる自分が変態だってことは。理解している、彼が私のことをそういう目で見てくれていないことは。でも、私は彼が好きだった。
数年前にお世話になっていた所のお祖母様が亡くなられてしまい、突如としてここに来た。
誰も知らない、誰も私の存在を覚えていない。神にとって忘れられることは、苦しいことだった。
だから一生懸命に私のことを覚えてもらおうと頑張った。お祖母様が笑顔が大切だと言っていたから、笑っていたが…ある日のこと。彼に言われた。彼はまだ中学生で背丈も私より小さかった。
「なんで無理して笑っているんだ?」
「え?」
嫌だった。自分の笑顔が嘘だってバレるのが怖かった。
ここから追い出されるかもしれない。人間にとって私という存在がどれだけ異質なものか。例え、それが神であっても地上に居る今ではそんなことは関係ない。なぜなら、それを望んだのは私達なのだから。
「俺は陽正な」
「知ってるわよ?」
「そうなのか?でも俺はお前の名前、知らないぞ」
「…モクレン」
「そうか、モクレンっていうのか。神様なんだろ?どうして無理して笑ってるんだよ」
「だって…笑顔が大切ってお祖母様が言ってたから」
そう言うと陽正は、う~んと考える仕草をして私に言う。
「無理に笑っていると疲れるんじゃないか?嫌なことをするのって疲れるだろ?俺も英語を勉強するの疲れるし。神様も疲れるだろ?」
「…神様は疲れないわ」
「じゃあ、なんでそんな苦しそうな顔をしてんだよ。辛い時にも笑顔でいることは大切だけどさ、心から笑ってないと辛いだけじゃないか?」
「あんたに…」
「ん?」
「あんたに何がわかるのよ」
自分でも考えられないくらいに冷たい声が出たのを今でも覚えている。
人間の子供にズケズケと正論を言われ、彼よりも長く生きてる私が言った苦し紛れの言葉。
その言葉を言ってから私はハッとして口を抑える。しかし、既に遅く目の前の少年は驚いたような顔をしてこちらを見ていた。
『あぁ、やってしまった』そんな言葉が頭の中で反芻する。私は、どうも素直になれない。
陽正は、ただ親切心で言ってくれているのに、私はそんな子供になんてことをしてしまったのだろうか。
ありがとうの言葉すら言えないなんて、本当に…なんて嫌な神様なのかしら。
「な、泣くことないだろ?な?取り敢えず、落ち着けよ」
「え?」
泣いてる?私が?…手で目元に触れると指先が濡れていた。
「大丈夫だから…な?」
「別にあんたに慰められなくても平気よ」
「強がってるけど、泣いてるから説得力ゼロだぞ」
「うぅ…」
きっと子供に言い負かされる神様なんて私くらいでしょうね。
それから陽正と沢山話したわ。彼は、私の話を聞いてくれた。そして、誠実に返してくれた。
それが始まりね。今でも鮮明に覚えているわ。彼の方はどうかしらね…覚えてくれていると嬉しいけど。
「ふふ…」
小さかった彼の背中はこんなにも大きくなった。
背丈も私を追い越して私の頭が丁度胸か首あたりに来るくらいには大きい。
この温かさは変わらないわね。
私は数分間、彼に抱きついたあとに何もなかったかのように彼の部屋を後にする。
朝食を作って、彼を起こさないといけない。7時になると彼は起きてくるが…私が起こしたいからそれよりも少しだけ早く部屋に行って彼を起こす。
寝顔を見るのも最近の楽しみの一つだけど、あまり見すぎると良くないから程々にしてるわ。
「起きなさい?じゃないと食い殺しちゃうわよ?」
言っておくけど絶対にそんなことはしないわ。でも、長いこと拗らせてるとつい出ちゃうのよ。
何度も直そうとしたけど…今も練習中だわ。
眠そうな彼は、ゆっくりと瞼を開けてこちらを見る。
そして私の方を見て笑う。彼のあどけない表情を見るとつい抱きしめちゃいたくなる。
「おはよう、モクレン」
「おはよう?お寝坊さん」
また出てしまった。本当にどうにかならないかしらこの癖。
私が早く起こしてるのにこんなことを言える私って本当に屑だと思うわ。彼も時計を見て少しだけ不思議そうにしてるもの。私は逃げるようにリビングに戻ってテーブルに食事を運ぶ。
その時間で陽正は、顔を洗ってリビングに顔を出す。どこか眠そうな目をしているわね。
「食べましょ?」
「そうだな。頂きます」
手を合わせてそう言う彼は、吸い物にゆっくりと口につける。
私は、いつもこの瞬間だけ緊張する。次に陽正から発せられる言葉次第で私は自害する自信があるわ。
「美味い…」
ほっと胸を撫で下ろす。緊張が解けていき、口角が上がるのを必死で抑える。
そして、今度こそ『ありがとう』の一言を。
「そう、まぁ、私が作ったから当たり前だけどね」
……もう私が感謝の言葉を言うのは無理なんじゃないかと思ってしまうわ。
どうしていつもこの口は余計なことしか言わないのかしらね。一人で練習してる時は言えるのに。
陽正の方を見ると彼の口元にご飯粒がついているのがわかった。私は無意識に彼の口元に手を伸ばして、そのご飯粒を取り、自分の口の中に入れる。
「…えっと」
陽正が恥ずかしそうにしながら私の方を見る。そこで私がしたことに気がついた。
「お米付いてたわよ」
表情を一切変えず、私はそう言い返す。若干、声が震えていたかもしれないが恐らく気づかれてないわ。
「あぁ、ありがとな」
「別に…」
あぁ~……死にたい。恥ずかしくて穴があったら入りたいわ。
恥ずかしい雰囲気の中で私達は、朝食を食べ終わり、陽正は、部屋に戻って制服に着替えている。
私は鼻歌を歌いながら食べ終わった後のお皿を洗う。
「ふふ~ん」
「モクレン?」
「なッ何?」
不意に声をかけられてドキッとする。制服姿の彼はさっきよりも更に大人びたように見えた。
私も制服とか着て一緒に登校とかしてみたいわね…。
「いや、行ってくるよって」
「あぁ、はい、行ってらっしゃい」
こういうちゃんと挨拶してくれるのも好き。
「うん、あと今日は少し帰りが遅くなると思うから」
「え?そうなの?」
「うん、少し用事があるからさ。夕方ぐらいには帰るから」
「…そう、わかったわ」
彼が出ていった後、私はリビングのソファーで横になりながら考える。
用事ってなんだろう。普段、彼は登校の途中で何処かに出かけたりはしない。真っ直ぐに家に帰ってくる事が多い。だから、今回のことは少し想定外だった。
胸の中で黒いモヤモヤがどんどんと大きくなっていくのがわかる。
友達と何処かに遊ぶ約束をしているのかもしれない。でも、そんな話は聞いていない。彼は、そういった話はしっかりと前もって話してくれる。じゃあ…もしかして彼女が出来たのかしら。
そうよね。彼だってもう大人なのよ。恋の一つや二つくらいしたって何もおかしくないわ。
私は嫌なことを忘れるために家事をこなす。しかし、なかなかやる気が起きずどんどん時間だけが過ぎ去っていく。そして、あっという間に夕方になっていた。
そろそろ、彼が帰ってくるのではないかと思う。どんな顔をして彼を出迎えればいいのよ。
所詮は神と人間よ。…だから何よ、別に神と人間が恋仲になってもいいじゃない。
相容れない存在なのよ。そんなこと誰が決めたのよ。
彼の幸せを願うなら…私が幸せにすればいいだけじゃない。
なんとか自分を納得させようとするが、最後はその考えを否定する自分がいる。
彼を誰かに奪われるような喪失感に陥る。大切な物を他の誰にも渡したくないように、私は彼を誰にも奪われたくない。
そして、彼は帰ってきた。
リビングで彼を待っていると彼の手には大きめの袋が握られていた。
そしてその袋をリビングに置いて私に話しかける。
「どうして、そんなに暗い顔をしてるんだよ」
「……どうしてって、何でもないわよ」
「そんな顔されて何でもないは、説得力ゼロなんだが?」
「うぅ…」
過去の記憶が蘇る。
やっぱり、陽正は大人になっても陽正ね。何も変わってないわ。
「モクレン、母さんが忙しい日、家事をしてくれてありがとうな」
「え?」
「俺を毎朝、起こしてくれることにも感謝してる」
「う、うん」
「話し相手にもなってくれるし、勉強も時々教えてくれる。思うんだよ、お前は俺に親切にしてくれてるけど俺はお前に何もしてやれていないじゃないかって」
突然と陽正からそんなことを言われる。
訳が分からなくて呆けてしまっている私の頭を撫でながら陽正は、続ける。
「だから、何か困った事があれば何でも言って欲しいんだ。絶対に力になるから」
「絶対に?」
「そうだ」
「じゃあ、私の気持ちに答えて欲しいわ」
「……」
そう言うと彼は黙る。ジッと私の目を見て静かに息をしている。
彼は多分、気がついている。彼は鈍感なタイプではないから。寧ろ人の気持には敏感な方だと思うわ。
だから、彼は知らない振りをしていた。それを私は無理矢理にこじ開けようとしている。
彼が応えてくれるその数秒が狂おしいほど長く感じれた。はち切れそうにドクドクと脈打つ心臓の音が嫌に煩く聞こえる。そして、彼が口を開けて応える。
「好きだよ」
私は膝から崩れ落ち、顔を俯かせる。
陽正は、優しく私のことを抱きしめてくれる。その温かさがとても心地よく、眠ってしまいそうになる。
「本当に?」
「あぁ、本当だぞ。というか、俺はかなり前からお前のことが好きだったんだからな?」
「え?」
それは初耳ね。そんな素振りを一切見せないから全く分からなかったわ。だとしたら…かなり嬉しいわ。泣きながらでも笑えるのね…不思議な感覚だわ。でも不思議と幸せな気持ちね。
「だけど、いいのか?俺は人間だぞ?お前とは…」
「いい!いいの!」
「そ、そうか…ちょっと力が強くないか?」
「うるさい、馬鹿!」
「ぐえっ」
陽正が人間とかはどうでも良いのよ。
駄々っ子のように私は、彼の言葉を否定する。そして、どこにも行かないように誰にも取られないように私は、彼をもう一度強く抱きしめた。
読んでくださりありがとうございました。
評価をしてくださるとありがたいです。まだまだ、拙い文章かつ読みにくいかもしれませんが、生暖かい目で見てくださるとありがたいです。
ちなみに、私はハッピーエンド主義者ですのでバッドエンドは書きません。というか書けません。体が拒絶するんですよね。なのでどんな形でもハッピーエンドに持っていきます。