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8.「どうか彼女を立派な聖女にしてやってくれはくれないか」




 城で取り決められたことは、まず第一にミーシャの退役。


 元来、パラティンは歴代の聖女死没後に新たな使途となる乙女を選んでいた。一つの国に二人の聖女がいることは前例のない状況である。そしてそのまま二人の聖女を立てれば世界のパワーバランスが崩れ、他国に軋轢を生んで武力蜂起の要因になるという判断だ。当然である。


 ちなみにミーシャの聖女続投の声は一切上がらなかった。街中の青果店だって残り物の古い果物は値引きして売り捌き、新しく新鮮で色が良い物を仕入れるだろう。ここまでは予定調和だ。


 しかし想定外だったのは、新たな聖女への過剰な配慮である。


 異世界転生してきた前例のない幼い聖女の境遇を憂いた国王をはじめとする国の重鎮たちは、「三年ほどかけてゆっくり業務継承をすると良い」と恰幅の良い身体を揺らして呑気に微笑んだ。さらにはローランのことをもっとよく知ってもらうために魔法学園への編入も進言されていて、ミーシャの胸中には黒い(もや)が立ち込める。


 彼女はノアよりも幼い十五歳の頃に聖女としてローランへ招かれたが、上京してすぐに原因不明の疫病の流行、それが収束したらセドリック王子の兄が戦死した紛争など、様々な国難に見舞われて勉強どころではなかった。


 貧乏を極めて田舎の小学校にすら通えなかったミーシャは聖女の癖に学がないと周囲に嗤われ、激務の隙間時間にひたすら本を読み漁って独学で勉強したのだ。当時の自分の境遇と重ね合わせると、こうも対応が違うものなのかと空しくなる。それだけ国内が平和であるということだけれど。


「学園が休みの日などを見計らって、()聖女からポーション作りなどの手ほどきを受けると良い。ポーションに関して()()は歴代聖女の中でもトップクラスの技術だからな」


「そうそう、最近国庫への納品数を減らしたそうじゃないか。怠惰は困るよミーシャ()聖女」


 厭らしい笑みを浮かべでミーシャを辱める大臣たちに、後ろで控えていたシャルルの肩が震えるのがわかった。同席していたノアも気まずい空気を悟ったのか、居たたまれなさそうに制服の裾をぎゅっと握る。


 王の周りの椅子に侍るように座る彼らにとって、ミーシャは既に退役した身らしい。だがこんな侮蔑は日常茶飯事であり、ミーシャは傷つくことも怒りで顔を赤らめることもなかった。


「……ご指摘、痛み入ります。力不足で申し訳ありません。であれば三年など悠長なことを言わず、早急にノア聖女の即位の儀を執り行うべきかと」


「そなたの意見など求めておらぬ!厚顔無恥な田舎育ちはこれだから……」


「失礼いたしました」


「まぁまぁ大臣よ、少し落ち着きなさい」


 ヒートアップする大臣を制した王が一番高い椅子からミーシャを見下ろして、たっぷりとした口髭がトレードマークの顔で朗らかに微笑む。国王は誰にでも優しく気さくだ。だが優しい者が必ずしも人徳者とは限らない。


「ミーシャよ、そなたの代は疫病から紛争、魔物の活発化など近年まれに見るほど様々な困難に見舞われた。その中で不慣れなそなたが必死に奮闘していたことをもちろん皆が知っている。だが、未熟な聖女を支援するためにローランが惜しみなく与えた恩赦も忘れないでほしい。最後の奉公だと思って、どうか彼女を立派な聖女にしてやってくれはくれないか」


 王は、疫病の原因を突き止めて民を救い、紛争から国土を守り、魔物を恐れず立ち向かった聖女を『未熟』と言った。そしてパラティンの神託があってすぐ身一つで拉致されたように王都へ連れてこられた少女に与えた衣食住、そして働き手を失い困窮する家族への謝礼金は『恩赦』であったと。


 さらにはミーシャがノアの資質に嫉妬して一日でも早く退役したいと駄々を捏ねているような言い回しに、馬の手綱よりも太い彼女の堪忍袋の緒は引き千切れる寸前だった。意図的であれ無意識であれ、どこまで人を馬鹿にすれば気が済むのだろうか。


 沈黙を肯定と受け取った王と大臣たちは、ミーシャの返事を聞くことなくノアの入学スケジュールの話に花を咲かせている。これ以上ここにいても生産性のある話はできないだろう。


「今日の議事録は後日書面でお送りください。業務が滞っておりますので、私はこれで」


「っ、あの、聖女様っ……」


 退席しようとするミーシャに、ノアから縋るような声が上がる。見ず知らずの地で権力のある者に囲まれて心細くて仕方ないのだろう。かつてのミーシャもそうだった。


 控えめな胸の前で重ねられた手を両手で包んで、ミーシャは祈るように告げる。


「ノアさん、ここにはあなたを陥れようとする野蛮な者はおりません。皆、新しい聖女様を心から歓迎しております。どうか気を緩めて、これからのお話をよくお聞きになってください。落ち着いたら私の方から参りますので、またあとでお会いしましょう」


 ギャラリーがいる手前よそよそしい態度に戻ってしまったミーシャに、ノアは愛らしい顔を悲嘆に歪めた。仕方のないくらい純粋な子だと思ったミーシャは、彼女の耳に顔を寄せて「おじいちゃんたちの与太話は退屈だろうけど、がんばってね」と誰にも聞こえない声で囁く。顔を見合わせてくすりとわらった先輩聖女にノアは安心したのか、不安そうに潤んだ瞳を細めて可憐に笑った。


 ああ、これが愛される聖女か。解かれていく指先から熱が奪われていく気がする。


 出口に向かうため背を向けたミーシャの耳に「新たな聖女を迎える宴はいつ執り行いましょうか」という会話が聞こえたが、背筋を伸ばして黙々と遠ざかる。「十五年前はそんな行事なかったのになぁ」と、虚無感が積もった胸中で呟いた。




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