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21.「ミーシャ」




「この世界は、言うなれば女神パラティンの本棚。そこに住まう人の数だけ物語があります」




 ノアが用意した代わりのドレスに着替えるため、あれよあれよと言う間に服を脱がされ目が回っているミーシャに、美しい少女が夢心地な笑みを浮かべて語りかける。


「物語……?」


「この世界では誰もが主人公なのです。転生して最強冒険者になったり、最弱スキルで成り上がったり、親友を殺しに来た暗殺者と繰り広げるラブロマンスも、横暴な王子に一途に溺愛されることも、追放もざまぁもモフモフも、全ては一つの物語です」


「要するにパラティンの暇潰しってこと?」


「乱暴な言い方をすればそうなのかもしれませんが、神は終わりのない永劫の中で人々を見守っています。あの方たちにも息抜きという娯楽が必要なのでしょう」


 身支度をしてくれていた侍女二人に思いっきりコルセットを締められたミーシャからくぐもった声が上がる。胃を締め上げられる圧迫感に脂汗を浮かべた彼女が横目に見たのは、トルソーが纏った聖女正装と同じ白いドレスだった。


 ただその様相はだいぶ違っていて、清楚な詰襟の正装ではなく、背中がぱっくりと開いていて見栄えのするデザイン性の高い物だ。光沢のあるシルクの生地に細かい模様のレースが重なるマーメイドラインの裾は床を這うように広がっている。


「わたしが転生時にパラティン様から賜った使命は一つ。お姉様の物語を最高のエンディングで飾ること。それが叶ったらあとはわたしの好きにして良いと言われました」


「はいぃ……?」


「シャルル卿を最初に見た時にビビッと来たんです。お姉様を幸せにして下さるのはこの方だ、と……!」


(まさか、馬車の中でのあの熱視線はそういう……?)


 つまりミーシャが考案した『転生聖女~硬派な騎士様が聖女の私にだけ甘い~毎週日曜日更新中☆』は最初から見当外れも甚だしかった、ということらしい。


「お姉様には辛い思いもさせてしまいましたが、その分感動的なフィナーレになるよう、わたしも最善を尽くしました。気に入っていただけるといいんですが……」


 気恥ずかしそうに笑う少女に完全に毒気を抜かれたミーシャは、侍女にされるがままドレスに袖を通す。そして改めて気づかされた。「これ、誰がどう見てもウエディングドレスだ」と。


 その時、誰かが部屋の扉をノックした。「いらっしゃいましたね」とノアが嬉々とした表情で出迎えに行く。その間に侍女が地味な小さいピアスから真珠があしらわれた上品な物に交換した。目の前の鏡の中に映るのは、幼い頃に誰もが憧れた花嫁そのものだった。「お綺麗ですね」と微笑ましそうに侍女が言うので、途端に恥ずかしくなって目を逸らしてしまったが。


「お姉様、ご来賓のお客様がいらっしゃいましたよ」


 ノアの声に振り返ると、小奇麗な格好をした親友が感慨深げに佇んでいた。普段パンツスタイルばかりの彼女はシックなダークグリーンのパーティードレスに身を包み、美しい花嫁姿のミーシャに瞳を潤ませながら抱きつく。


「は、ハル……?どうして……?」


「親友の晴れ姿を見に来るのに理由なんている?すごく綺麗だよミーシャ、本当におめでとう」


「ふふっ、やはりハルさんの見立ては最適でしたね!背の高いお姉様のスタイルが存分に生かせるようなオープンバックに女性的なマーメイドライン、完璧ですっ!」


 興奮気味に語るノアとハルは、どうやらいつのまにか共謀者になっていたらしい。「ミーシャのことならあたしが一番よく知ってるからね」と得意げに語るハルに、ノアが瑞々しい頬をぷくっと膨らませる。「ハルさんには敵いませんが、わたしだってお姉様のことが大好きなんですから!」と謎の対抗心を見せる。


「あの……イマイチ状況が理解できないんだけど、これからやるのって継承の儀だよね……?なのになんでウエディングドレス……?」


「ノア、あんたミーシャに説明してなかったの?」


「ああ、そう言えばうっかりしてました」


 てへ、と愛らしく笑ったノアが、トルソーの隣に用意された白い花冠を手に持ちミーシャに駆け寄る。「こちらへ」と誘われおずおずと頭を差し出すと、セットアップされた後頭部に体よく収まったそれを見たノアが美しく笑った。


「シャルル卿が教えてくれたんです。お姉様が『円満寿退位』を目指してるって」


「言ったけど……え?」


「言葉通りよ。円満寿退位、盛大にやってやろうじゃない」


 ハルがシンプルなベールをミーシャに被せ、レースの手袋に包まれた手を引く。床を這うドレスの裾をノアが拾い、美しい花嫁を舞台まで(いざな)った。




 場所は即位の儀が行われた正門前ではなく、城に常設された礼拝堂。




 重い扉を開けた先に、何度でも好きになると魂に誓った人の姿が在った。威厳ある騎士団の隊服を脱いだ光沢のあるシルバーのタキシード姿に呆気に取られる。撫でるようにスタイリング剤で上げられた前髪のおかげで普段よりも随分大人っぽく見える。しかも祭壇には神父の装いをした王がにこやかに立っていた。


 何やら色々と混沌としていて頭が回らない新婦の間抜けな顔にシャルルが吹き出し、やれやれと言った様子で手を差し出して(いざな)う。




「ミーシャ」




 その声に導かれるように歩き出したミーシャの後ろ姿を、ハルとノアは満足げに見送った。




「これでミーシャの物語もひと段落か……」


「神々に好評なら増版や続編も期待できますね」


「パラティンの好みにもよるけど……。ノアは、『薄命美少女が転生後の世界で無双します!』だっけ?」


「そういうハルさんは『脇役として転生したらメインキャラの暗殺者首領に攻略される』でしたよね」


「パラティンって自分の欲望に忠実すぎるのよ」


「しかも重度のハピエン厨。お姉様の物語はどんなタイトルで本棚に並ぶんでしょう」


「そんなの決まってるじゃない」






『新しく美少女聖女が転生してきたので「年増聖女は田舎に帰って芋でも食ってろ!」と石を投げられる前に円満寿退位を目指します!』




<完>




ここまでお読みいただきありがとうございました。


タイトル通り円満寿退位エンドができて作者は嬉しくて転げ回っております!!


全ては重度のハピエン厨パラティン(作者)の掌の上だったと……(笑)


この世界の住人はエピローグからが本当の人生になりそうですね。



1万字くらいの短編として構想していたものがまさかの5万字越え……プロットが破綻していますね……。それでもここまで書ききれたのは、読んで下さった皆様のお陰です。本当にありがとうございました!


また誰かに楽しんでいただけるようなお話を書きたいなと思っております。しばし鋭気を養いますが、また近いうちになろうでお会いしましょう!


お読みいただきありがとうございました!


貴葵

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