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カトラスのショートショート 査察の攻防

作者: カトラス

昔に書いたものです。最後のオチは悩みましたが、内容よりもその落とし方を楽しんでいただけるとありがたいです。温かい目でみてください。意見は大歓迎です。

 料亭の一室。調査員から一報が入る。

「マルタイが入りました。」

 国税庁の主任査察官の黒田は気を引き締めると、CCDカメラの画像を覗き込んだ。

「くそっ。」

 部下の寺内が舌打ちする。

「カメラの位置が悪い。これじゃあ女性側しか見えないぞ。」

「すみません」と新人の酒井が謝る。「今回はマルタイ側の警戒が厳しくてあそこがやっとだったんです。」

「ばかやろう。てめえが弱腰なんじゃねえか。」

 寺内が怒鳴った。それを黒田がなだめる。血の気の多い奴だ。

「これで上等だ。昔は映像もなくて音だけで調査したもんさ。」

「えー、また主任の昔話ですか。」

 もう飽きましたよ、と寺内が文句を言おうとしたとき無線が飛び込んできた。

「マルタイ、部屋に入ります。」

 画面を見ると客間に紋付き袴姿の恰幅のいい初老の男が入ってきた。その後ろから若い女性が振り袖姿で現れる。女性は長身で美しい。しかし緊張のためか、表情は硬く、また黒縁の眼鏡がせっかくの彼女の良さを幾分か殺している。

「くそ、振袖姿かよ。無難にまとめやがって。」

 寺内が吐き捨てるように言う。

「これで第三条は満たされたわけだ。」

 見合い法第三条、見合い者は見合いを受けるのに適した服装またはそれに準じた服装を身に着けること。この条項に抵触しないよう最近の見合いは男性が紋付き袴、女性は振袖が定番となっていた。

「挨拶が始まります。」

 まず初老の男が挨拶した。次に女性、男性側の付き人、男性、世話人の順に自己紹介する。主催する側から順に自己紹介するのもお見合いのルールだ。

「これで第四条もクリアですね。」

「まとめてきやがったな。ところで…」

 黒田は酒井に顔を向けた。

「黒縁眼鏡の女は洗ったか。」

「はい、確かに代議士の岡田洋蔵とご息女の洋子に間違いありません。」

 周囲に落胆が広がった。どの家庭も子供に恵まれているというわけでない。苦し紛れに親子を偽装して見合いを行う事例は実は多かった。もちろんそれは見合い法第五条違反となる。

「なかなか尻尾を出してこねえな。」

 寺内のイライラが伝わってくる。黒田も平静を装うが、本心はかなり焦っていた。

 少子化を打開すべく第二回東京オリンピックと並んで目玉としたのが、この『男女の婚姻の方法の多様化を促進する法律』、通称見合い法である。この法はお見合いを推進し、一定の要件に達した場合、世話人への謝礼を非課税にするというものだった。見合い法の施行当初は新型コロナの影響で軌道にのるのも時間がかかったが、最初は国民に称賛をもって迎えられた。しかし、すぐに稀代の悪法に姿を変えた。偽装見合いによる脱税が横行したからである。そのため、国税局査察部はお見合いの査察を開始していた。そんな中、政界の黒幕とも呼ばれる岡田洋蔵の娘と大手建設会社の社長の息子との見合い実施の情報がリークされた。脱税を疑った査察部は慎重に内部調査を行い、この日を迎えていたのだ。

「早い。」調査員の驚きの声が聞こえた。「歓談が十分巻きです。今、『あとは若い者同士でお話でも』が出ました。」

 『若い者…』の台詞は第七条で必ず言うことが決められている。しかしその前の歓談の時間は三十分以上と第六条で決められていた。それを十分巻きとは岡田も焦ったな、と黒田はほくそ笑んだ。

「突入しますか。」

「まだだ、」今にも飛び出そうとする寺内を黒田は止める。「まだ弱い。もう少し様子見だ。」

 チッと寺内の舌打ちが聞こえたが、ここは大一番だ。慎重に事を運ばないといけない。

 その後、若い二人は庭園を歩きだした。捜査班が息を飲んで二人の会話を見守る。

「あれだ。早く出ろ、出てくれ。」

 酒井が意気込む。張り込む捜査員も同じ気持ちだった。

「ご趣味は…。」ちがう。

「将来の夢は…。」ちがう。

「あの…」黒縁眼鏡の女性が言った。「ご家族は…。」

「よし、踏み込め。」

 黒田の指示で寺内たちが二人を取り囲んだ。

「国税局査察部だ。脱税の容疑で逮捕する。残念だったな。家族の話は見合い法八条の個人情報保護に抵触するんだよ。」

 同時に調査員から通信が入る。

「こちらも押さえました。聞いてください。謝礼金がなんと三億ですよ。ふざけやがって。」

「いや、だめだ。」黒田が吐き捨てるように言った。「今回は脱税にあたらない。」

「どういうことですか。」捜査員が息巻く。

 黒田は今まで画面に映らなかった男性の顔をじっと見て言った。

「婚姻危惧種の保護は環境省だ。うちは管轄違いだよ。くそったれ。」

ようやくお日様を見せてあげることができました。ご意見、お待ちしております。

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