ゴールデンカムイに学ぶ小説に役立つ創作論
最終章突入記念として2021年9月17日まで全話無料公開というとんでもない施策を実施中の漫画「ゴールデンカムイ」。
この漫画のどこが面白いのか、小説にも役立つ部分が多いと思ったので分析してみました。
なお、あくまで私見ですので異論反論は大歓迎です。
* * *
ここではないどこか、いまではない時代のよくわからない研究室にて。
博士「むうう、ゴールデンカムイとはすごい漫画だな」
助手「ホントおもしろいですよね! つい夢中になって博士から頼まれた仕事をサボっちゃったくらいです」
博士「非常に苦言を呈したいところであるが、まあゴールデンカムイが面白すぎるのだから仕方がない」
助手「さすが博士。ものわかりがいい」
博士「ここでグダっても本論に入れないからな。さて、助手よ。君はゴールデンカムイはなぜこんなに面白いのだと思う?」
助手「やっぱりキャラクターじゃないですか? 不死身の杉本、キュートなのに強いアシリパさん、脱獄王白石に、各種変態的面々……これだけ濃いキャラを揃えた漫画は他に読んだことがないです!」
博士「うむ、正解だが、それだけではない。漫画に限らず、魅力的なキャラの重要性はさんざん言われておるからな。それだけでは分析としてつまらん」
助手「えー……じゃあ史実に則った豆知識の数々! アイヌ文化なんてぜんぜん知らなかったけど、読んでるだけで勉強した気になれました」
博士「うむ、それも正解だな。『小難しくないけれど、ちょっと勉強した気になれる』作品というのは読者の満足感が高くなる。歴史ものや職業ものが人気を博す理由でもあるし、企業のオウンドメディアなどでも取り入れられている手法じゃ」
助手「あとは起伏のあるストーリーと、目的であるアイヌの砂金にまつわる謎! 囚人の入れ墨にお宝へのヒントを隠すなんて普通じゃ思いつかないですよ」
博士「うむ、それも正解だ。ストーリーの核となる大きな謎によって読者を引っ張る効果と、登場人物の行動がブレず説得力を失わないという二つの効果がある」
助手「長編になると、途中から主人公が何をしたいのかわからなくなっちゃう作品も珍しくないですもんね」
博士「なろうで言うと、ざまぁや成り上がり要素を含む作品に多い印象だな。ざまぁや成り上がりが済んだ途端に目的が行方不明になり主人公が右往左往しはじめる」
助手「目標を遂げたら素直に完結されせればいいと思うんですけどね」
博士「さて、助手君が考えるゴールデンカムイの面白い点とはそれくらいかね?」
助手「えー、あとは画力の高さとか、ギャグの面白さですけど……このあたりは当たり前すぎますよね。博士は何がゴールデンカムイの面白さだと思ってるんですか?」
博士「わしが考えるゴールデンカムイの面白さは、『描かない描写』の上手さだ。別にこれがゴールデンカムイの面白さの核ではないのだがな」
助手「描かない描写ってなんです? 描かなかったら描写も何もないと思うんですが」
博士「思い出してほしいのだが、君は杉本が囚人の皮を剥ぐシーンを読んだかね?」
助手「はい、もちろん。でも、そんなシーンほとんどないですよ。最初の囚人のときにほんの数コマだけじゃないですか?」
博士「そのとおり。かなりグロテスクな描写の多い作品にも関わらず、杉本が人皮を剥ぐシーンはほとんど描写されていないのだ」
助手「えー、ひっかけだったんですか。ずるいなあ。でも、どうしてもっと濃厚に描かなかったんでしょうか? インパクト抜群のシーンになったと思うんですが」
博士「それこそがゴールデンカムイの『上手さ』だとわしは考えておる」
助手「どういうことなんです?」
博士「まずひとつめは、人体解剖シーンはグロテスクすぎてライトな読者を逃す可能性があると判断したのだろう」
助手「なんか当たり前の理由すぎてつまらないですね」
博士「そう言うな。ふたつ目の理由こそが重要なんだ」
助手「もったいつけてないで早く教えてください」
博士「君も遠慮がないな……。ふたつ目の理由とは、杉本の葛藤や人間性について、読者が想像できる余地を大いに残していることだ」
助手「どういうことです?」
博士「君は、二人目以降の囚人の人皮を杉本が剥いできたシーンを読んだときに何を感じた?」
助手「何をって……さらっと描かれてたし、『キーアイテムゲット! よかったね!』って感じですけど」
博士「うむ、それも作者の狙いのひとつだろうな。普通に描けばとんでもなく陰鬱な物語になりかねないにも関わらず、ゴールデンカムイが終始陽性の雰囲気をたもっているのはそうした配慮のおかげだろう」
助手「ギャグ漫画としてもレベルが高いですもんね」
博士「少し想像してみてほしいのだが、人皮を剥ぐときの杉本の心境はどうだったと思う?」
助手「どうだったって……杉本は敵には容赦がないですけれども、快楽殺人者ではないですし、無駄に相手をいたぶったりもしませんし……やっぱり嫌々やってたんですかね?」
博士「わしも同じ考えじゃ。杉本は戦争で犯してきた数々の殺人に罪の意識を負っておるしな。その杉本が、人皮を持ち帰った後に暗い雰囲気は出さない。これはなぜだと思うかね?」
助手「アシリパさんへの配慮で無理をしてるんですかね……。そう考えると泣けるかも」
博士「作者が描いていない以上、本当のところはわからんがな」
助手「最終話までにそういった心情も描かれるのか、気になりますね。深いなあ……。なるほど、これが読者の想像の余地を残すってことですか」
博士「これは想像の余地とは違う話になるが、単調になりそうなシーンをばんばん省略しているのもゴールデンカムイの上手さだといえるじゃろう」
助手「言われてみれば、新たなアイヌ村との出会いのシーンなんかはほとんどカットされてますね。場面が飛んで困惑することもありましたけど……」
博士「うむ、いちいち『こんにちは、はじめまして』からはじめていてはテンポが悪くなるからな。だが、あまりやりすぎると読者がついてこれなくなる諸刃の剣じゃ」
助手「なるほど、ゴールデンカムイはそのさじ加減が絶妙なわけですね」
博士「そしてこれは、小説を書く際にも大いに参考になるところだと考えておる」
助手「お、やっと本論」
博士「ある程度書き慣れてくると、描写不足以上に描写過剰が問題になることが多いのだな。まあ、なろうに関しては描写不足の作品の方が圧倒的多数だと感じておるが」
助手「博士、それ以上いけない」
博士「ごほん、ともあれ、多少書いていると読者から矛盾や理解できなかったところを読者に指摘される経験もしてくるので、それを予防しようとついつい描写しすぎてしまうのだな」
助手「文字数を稼ぎたいって欲もありそうですね。文字数規定のある商業作品を書いてるわけでもないのに」
博士「読者が読みたいのは『文字』ではなく『物語』じゃからな。それを履き違えて文字数を膨らまそうとするのは本末転倒じゃ」
助手「まったくですね。文字が読みたいだけならみんな広辞苑を読みふけってますよ」
博士「さて、そろそろまとめに入ろうか」
博士は、かたわらのホワイトボードにマジックを走らせた。
■「ゴールデンカムイ」から学ぶ小説執筆に役立つ創作論
・魅力的なキャラクターはやっぱり強い
・小難しくないけれど、ちょっと勉強した気になれるコンテンツは読者の満足感を高める
・ストーリーの核となる大きな謎は、読者を引っ張る効果と、登場人物の行動がブレず説得力を失わないという二つの効果がある
・あえて描写しないことで、読者が想像できる余地を残すと作品に深みが出る
・単調なシーンはカットして、作品のテンポをよくする
・読者が読みたいのは『文字』ではなく『物語』
博士「さて、キリもよいし今日はこんなところで終えるかの。3000字も超えたところじゃし」
助手「博士も文字数気にしてるじゃないですか」