力士よ。異世界転生できんのか!
「無理っす。トラックの方が壊れちまいます。」
時は、20〇〇年10月。
相撲協会本部会議室に、一人の女が現れた事から始まる。
女は自身を「エスティア」と名乗り、「とある異世界が魔王によって侵略を受け存亡の危機に瀕している」旨を語った。
そして自分は、そのような異世界に勇者を転生させる女神なのだとも。そして、この世界の勇者としてふさわしい存在として「力士」という男達の力を借りたいと。
訝しい話である。
しかし、女神を名乗るこの女が、不治の病の人々を治す、災害で崩壊した地域を元に戻す、と言った奇跡を顕現させた為、話の信憑性が高まった。
問題は、異世界へ行く方法である。
死なねばならぬというのだ。
「多くの場合、異世界から転生される勇者は、トラックという乗り物に轢かれ転生します。」
という事をエスティアが話したため、
「無理っす。トラックの方が壊れちまいます。」
という冒頭にある至極当たり前の台詞が出たのである。尚、この言葉を発したのは、新十両千代乃湖。
力士ならば誰もが知悉している事を口に出すのは、未熟な証拠。まだ未熟な彼が、この相撲協会会議にいるのは、九頭竜親方(元八千代富士)の付き人である為だ。
「私が行きます。」
発言したのは、現横綱・白鳳。
異世界と言えども世界の危機。
世界の危機には、力士の代表たる自分が行かねばならぬ。横綱として当然の矜持であった。
「ならぬ。」
「待った」がかかった。
九頭竜親方であった。
「万一、お前が異世界で敗れれば、角界はどうなる?自分の立場を自覚せい!それに、」
「お前を転生さすのに、誰がお前を殺せる?」
この言葉には「儂以外は」という台詞が隠れている。
当然の事。
九頭竜、否、八千代富士は、歴代横綱の中でも最大級の「仁力」の持ち主であった。
「仁力」とは、力士における強さの値を表す。
一般人で、平均5。
横綱昇格には、億を超える仁力が求められる。
八千代富士は、全盛期に56兆という仁力を叩き出した。引退し、親方となった今でも、その力は衰えている様には見えない。
「自分が行きます。」
名乗り出たのは、前頭「炎鳳」。白鳳の付き人である。
「九頭竜親方。炎鳳なら行かせてやっても良いのでは?」
白鳳は炎鳳の師でもある。【獅子は我が子を千尋の谷に落とす】その覚悟を含んだ台詞であった。
九頭竜親方は頷く。
しかし、その後、師弟に対し、さらなる試練を与える事を言った。
「炎鳳を逝かせるのは、闇青龍じゃ。」
闇青龍。
その言葉に、相撲協会会議室全体が戦慄した。
横綱という最高位に上りつめながら、数々の悪行を重ねた力士。しかし、その仁力は高く、何人の有望な力士が闇青龍に負け、心を折られ、角界を去ったか知れない。
そんな闇青龍も、今や引退し、祖国モンゴルにいる。
「人を躊躇なく殺せる。そんな者は、今この角界にはおらん。」九頭竜親方の言葉は、闇青龍の恐ろしさを表すものか、それとも今の角界の不甲斐無さを表すものか。恐らく後者だろう。
闇青龍来日。
闇青龍は、モンゴルからジャンボジェットの「上に」乗り、やってきた。
ジェットの上で、酒をあおりながらゴロ寝という、ふてぶてしい態度である。そして、ジェットが両国国技館の上を通過しようとした瞬間。闇青龍は、ジェットから軽く跳躍。そのまま落下し国技館の屋根を破壊。土俵に降り立った。
「相変わらずですね。奴は。」
白鳳が苦々しげに呟く。白鳳は、闇青龍と幾度も対戦したが、その度に「完全に勝った」という自信は、ついに持てなかった。それだけ闇青龍の実力は本物であった。
「しかし、奴もマワシをつけておる。奴にも力士の心はまだ残っとるというわけじゃ。」
九頭竜親方が言った。
対する炎鳳も土俵に上がっている。塩は撒かない。これから土俵を汚す「殺人」が行われるのだから。
いつの間にか行司がいた。
力士は行司を前にすると戦慄せざるを得ない。
もしかしたら力士より強い存在。それが行司なのだから。もっとも、行司が力士と戦ったことなど、歴史上一度も無いが。
「しかし…、異世界転生の為に殺人が行われるなど、初めての事です。本来あってはならない事です。」
エスティアが口を開いた。
「女神様。あんた、相撲を見た事ないじゃろう?」
九頭竜親方の言葉にエスティアは頷く。
「だったら目で見た方が早い。力士は力士にしか殺せんのだからな。」
そして、炎鳳と闇青龍が手をつき…、取り組みが始まった。
いきなり闇青龍は自身の顔面を炎鳳の顔面にぶつけた。相撲にはない攻撃。しかし大抵違反は取られない。そのまま、闇青龍は頭を弧を描くように降り…、
地球が切り裂かれた。
「ええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!!」
叫び声をあげるエスティア。
「女神様これくらいで驚いちゃいかんぞ。取り組みはこれからじゃ。」
九頭竜親方の言葉通り、まだ始まったばかり。
炎鳳は顔から血を流しながら、闇青龍に組もうと突進する。その速さ、光速を凌駕。
闇青龍は張り手を連続して繰り出すが、炎鳳はそれを軽々と避ける。張り手の先の壁には大きな穴が開き、抉れた地平線が見える。そして、炎鳳は闇青龍の身体に組む事に成功。蛇が蠢くが如く炎鳳の腕が動き、闇青龍のマワシを掴むことに成功した。
「???????????」
思わず瞬きをしたエスティアは状況を理解できない。
「女神様。瞬きをしたらいかんぞ。それは死を意味する。」九頭竜親方が窘める。だが、その九頭竜も驚く出来事が既に起きていた。
闇青龍が炎鳳のマワシを掴んでいた。
「儂の目にも見えなかった!いつの間に!」
それを聞きながら、沈黙を続ける白鳳には見えていた。炎鳳がマワシを掴もうと腕を動かしていた時すでに、闇青龍が炎鳳のマワシを掴んでいた事を。
その動き、炎鳳は光速の50倍。闇青龍は200倍。
勝ち目はない。
そして、闇青龍は既に次の動作、投げに移行していた。一切の無駄がない。掴んだ炎鳳のマワシを利用し、炎鳳の体を浮かし、そして、土俵に叩き付ける。
上手投げ。
通常見る相撲ではここで終わる。
しかし、真実の相撲はこの後も続きがある。
叩き付けられた炎鳳の身体は反動で空中へ飛んだ。そのまま大気圏を突破し、太陽系を抜け、銀河系を抜け…、爆発四散した。
その爆発の威力は、超新星爆発に匹敵する。
炎鳳は死んだ。
穴が開いた国技館にチリの様な物が降ってきた。
炎鳳の肉体だったものである。
闇青龍はそれを見て、フンと鼻を鳴らし、
「荼毘に付すのを省略してやったんだ。感謝しな。」
その言葉を言った刹那、国技館最上階から見ていた白鳳が闇青龍の顔面目掛け渾身の張り手を繰り出し…、
寸前で止まった。九頭竜親方が止めた。
エスティアは、傍にいた二人がいつの間にか土俵内にいる事が理解できない。
「遅ぇ張り手だな。それでも現役かよ。」
闇青龍の罵倒に白鳳は言い返す事が出来ない。
確かに近年自分の衰えは著しい。
引退も考えている。
しかし、この男は、闇青龍だけは許せぬ。
「後にせい。今は異世界を救う事が先じゃ。」
九頭竜親方の言う通りだった。
しかし、肝心のエスティアは…、
「あの、その前に、この世界が崩壊してしまうのでは…。」
常人から見れば当然の発言。地球は切られ、あちこちに巨大な抉れ跡、超新星爆発によるガンマ線バーストも来ている。
それが杞憂である事は行司が示した。
軍配から光を放つ行事。すると…、
逆再生映像を見ているかの様に、抉れ跡は元に戻り、地球はくっつき、ガンマ線バーストは相殺された。
「…………。」
エスティアは声も出ない。
「という事じゃ。炎鳳を異世界に転生してくれ。」
九頭竜親方の言葉で我に返ったエスティアは、
「分かりました。異世界が救われれば炎鳳さんは生き返ります。ご協力に感謝します。」
深々と頭を垂れ、消えた。
異世界に戻る途中、エスティアは、
(あれだけの力があれば、災害や病も治せるのでは?)
その疑念が尽きなかった。
炎鳳が目を覚ます。
そこは、いかにもな中世西洋風の宮殿。
エスティアが説明する。
「ここは私の宮殿。ここで転生者を復活させ、異世界へと旅立っていただくのです。」
「という事は、自分は負けたんですね…。」
「…、はい。しかし、相手はあなたより強いという事ではなかったのですか?」
「相手は横綱といえど、引退した身。現役の自分が負けるとは何と不甲斐無い…!」
炎鳳はエスティアに詰め寄り、
「女神さん!ここに稽古場はありますか?自分はもっと強くならないといけない!」
エスティアは困惑し、
「ケイコ?修行の事ですか?修行空間はありますが…、炎鳳さんの実力なら今でも魔王軍に挑めるのでは…。」
しかし、炎鳳の威圧感に負け、転送魔法で修行空間へ案内した。
修行空間。
ここは、チートスキル等を拒む転生者が修行する空間。様々な過酷環境や特殊な敵を再現する事が出来る。
炎鳳は、この空間で稽古を重ね…、
三日目に出てきた。
傷だらけの肉体となって。
「どうしたんですか炎鳳さん!早く治癒を!」
治癒魔法で傷を治すエスティア。しかし、自分の方が何故か疲弊しそうである。近づいているだけで、溶岩の中にいる様な。
「女神さん。自分は、自信を持てる程度の実力をつけました!異世界を救いに行きます!」
「あ、わかりました。では、最初の王国の近くへ。」
「いえ、時間が無いのでしょう?なら、巨悪の根城まで飛ばしてください!」
「えっ、あ、わかりました。…、では魔王城へ転送します!」
炎鳳を魔王城へ転送したエスティア。その後、彼がどんな「ケイコ」とやらをしたのか気になって、自分も修行空間へと移動した。
空間が壊れかけていた。
空間のあちこちにヒビが入り、別の空間が見える。再現したモンスターは、ドラゴン等をはじめ強力なモンスターばかり。それが地平線の彼方まで屍累々と埋め尽くされている。
エスティアは、巨大な邪悪の痕跡に気が付いた。
それは、その名を言っただけで死ぬという邪神達の魂の残滓。それも無力化し消えようとしている。
エスティアどころか、神々が束になっても勝てない存在が魂レベルで消滅しているのである。
「これって対魔王とかのレベル超えてるんですけど…!!」
エスティアは、とんでもない怪物を生み出した創造主の気分になった。
魔王城。
炎鳳の気配に、城からモンスターが雲霞の如く出てきた。炎鳳は落ち着き、足を高く上げ、四股を踏んだ。
それだけでモンスター達は振動で体が崩壊、城も崩落した。
だが、炎鳳は油断しない。まだ親玉の気配がある。
その通り、魔王が憤怒の形相で炎鳳を見つめ、自らを変身・巨大化させた。
炎鳳は「稽古場で戦った相手より闘気は遥かに劣る…。だが油断はしない…。」
まず、離れた場所から軽く突きを出した。
魔王の肉体が爆発し、後に魔王の魂のような光が残る。さっきよりも軽く一突き。光は消え去った。
横綱や強い力士を表す言葉の1つ「一月半」。
炎鳳は、まさにそれを実践し魔王を倒したのである。
エスティアが現れた。
「あ、やっぱり終わってましたね。それでは、炎鳳さんを復活させます!本当にありがとうございます!」
「いえ、女神様。まだ終わっていません。自分の倒すべき相手は、生き返った後にいるんですから。」
炎鳳の闘志はさらに強くなった。
危ないので、エスティアは数百メートル離れて炎鳳を復活。地球へと転送した。
エスティアが消えてから、十秒足らず。
炎鳳が帰ってきた。
「只今戻りました。異世界は救いました。」
「よくやった炎鳳!それに見違えるほどの闘気。さぞや厳しい稽古を積んだのだな!」
白鳳が弟子の成長を一目で見て取り喜ぶ。
それを遮るように、
「フン、前頭程度に救われる異世界など大した事ないのだな。」
闇青龍。
そして、彼は右腕を振り空間を叩く。
すると、大きな亀裂が出来、その中には別の世界が見えているではないか!
「では、俺が魔王となって異世界を侵略するってのも、面白いかもな!グハハハ!」
闇青龍よ、そこまで外道に堕ちたのか!
しかし、魔王闇青龍に向かう者1人。
炎鳳であった。
炎鳳は闇青龍の身体に組み、そのまま押し出す。
押し出し。
だが、炎鳳の勢いは止まらない。
国技館の壁をぶち破り、ビルをなぎ倒し、山を砕き、海を割り、まだまだ止まらない!
「き、貴様…。」
闇青龍が組みをほどこうとする。
その闇青龍の顔面に張り手を一発!
二発!三発!四発!五発!~ッッ!
いつの間にか炎鳳は組みを解き、張り手を闇青龍の上半身に連続して叩き込んでいた。
吹き飛ぶ闇青龍。
だが、炎鳳から遥かに離れたにもかかわらず、張り手の猛打はまだ続く。
(これはッ!張り手の衝撃が続くよう叩いたのかッ!)
闇青龍は、どれくらいの張り手を浴びただろうか。
地球を数億回周回したところで、モンゴルの彼の居住地に墜落した。
巨大なクレーターの中心に闇青龍はいた。
意識はある。しかし、体は全く動かない。
これぞ相撲の原点である活人の技。闇青龍が横綱になっても届かなかった境地。
「おのれえぇぇぇぇぇぇ!!!!!!!!!」
闇青龍の叫びがモンゴルの大平原に響いた。
「はっはっはっ!闇青龍の奴。帰りの交通費が浮いてよかったじゃろう!」
珍しく九頭竜親方が破顔大笑している。
しかし、白鳳は全く笑いもせず、炎鳳を呼び、国技館の外に出た。
夕日。
その中で、白鳳は語る。
「炎鳳よ。私は相撲を世界的な競技にしたいと考えている。もちろん、相撲は日本の国技だ。それを踏まえて尚、世界中の人々が相撲に触れ合えるようにしたいのだ。そうすれば我々の力を隠す必要もない。行司の力で、人々も救済できよう。
だが、大いなる力には必ず闇が付きまとう。
闇青龍。奴はモンゴルの純粋な人々を惑わし、自身の手駒の力士として育て、日本に侵攻を企てている。それを阻止できなければ、相撲の未来、いや人類に未来は無い。
炎鳳。相撲界の、人類の未来は、お前たち次代の力士にかかっている!」
頷く炎鳳。
「分かっています。相撲を、人類を守るのは自分達です!そして、自分たちの世代で真の相撲を人々に公開し、世界を守り続けます!」
未来の地球の運命を守る事を誓い合った師弟。
それを祝福するかのように夕日は二人を照らしている…!!!!