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闇への向き合い方など、個々で向き合う過程も違えば、闘う相手や環境も違う。だからこそ、人によって分かれるが、……そういった苦しい胸の内を思う存分吐き出すことが出来る場を人は対面する人には持てなかった。所謂苦しい胸の内をどうにか吐き出したいと考える人は、最初は、自らと似たものを持つ作家に自らと境遇を重ね、熱狂的に支持したのだろう。……けれど、その内気づいたのではないだろうか。自分の思いを吐き出すことが出来る方法を。……ネットの普及でそれは加速した。人は自らだけではないことを知った。自分以外の方も自分と同じ悩みを抱えている可能性があることを知った。自分の闇を吐き出す過程で同じ思いをする方もまた闇を吐き出すきっかけになれるのだと知った。どうしようもない状況や苦しさに立ち向かおうとする勇気を出す為の手段として、SNSやネットでのコミュニティーを活用しようとし始めた人々。携帯小説などが流行ったころ、そこにはアングラな表現ばかり刺激的なものばかり溢れていたと聞きます。私はその時の携帯小説を知らないのだけれど、想像はつきます。……きっとぎりぎりなメンタルの方が救いを求めてそういった媒体に勇気を得る為にむさぼったのでしょう。
今、携帯小説が落ち着いたということは、ある程度メンタルがぎりぎりの方々の棲み分けが上手くいき、彼らも自分の保ち方を知り始めたのだろうと思います。彼らには居場所が出来た。
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弾かれたのは、それ以外の方々です。
……つまり、きっと小説家になろうという場所で流行を追いかけようとする方々、癒しを求めようとされている、ストレス社会と情報過多に疲れ切ってしまった上で、まだ自らを保てている方々、が、癒しを求めている。ネット小説という華美な映像も音もない世界に。




