再来の第七話
「根拠は、あるのですか」
俺の隣に立つメルは、マルフの推論を簡単には信じられないようだった。かくいう俺も信じられないというのが本音だが。
「いや、ないっすよ」
"怪物"の残骸に背を向けているマルフは、メルの問いに間髪入れず、答えた。エステラに脅威が迫っているかも知れないというのに、相変わらず目の前の男の態度は軽いものだ。
「まあ、とにかく。今はこいつの死骸をギルドに持って行こう。その時に、こいつについて気になることを伝えれば良いさ」
辺りは暗くなってきていた。ここは森の中。夜になると危険度が格段に高くなる。それに、負傷した冒険者もいるのだ。早く出発したほうがいいのは間違いない。
「あ、すみません」
俺とメルが"怪物"の死骸を回収しようとマルフの元は近づこうとするとふいに、彼は謝る。何だろうか。
「俺、ちょっと用事あるんで、後はお二人に頼んでいいっすか」
「え」
「は」
想定外の言葉に、俺とメルの足が止まり、おまけに開いた口も塞がらなかった。散々俺たちの不安を煽っておいて、途中離脱とは何事か。
「流石にそういうわけには」
「大丈夫っすよ。別にこの魔物を倒したのに、俺は関わってないっすし、状況説明も、リストさんとメルさんがいてくれれば問題ないっすよ」
その後、マルフはエステラとは真反対の方向へと姿を消したのであった。
「何だったんでしょうか、あの人は。私達を怖がらせるだけ怖がらせてどこかへ消えましたが」
エステラに戻った後、俺とメルは、"例の怪物"の死骸と、助けた冒険者を連れて冒険者ギルドへと向かった。全てを押し付けたマルフには、次に会ったらとことん文句を言ってやろう。
「さあな。まあ不思議なやつだったのは確かだな」
結局、ギルドには、何者かが植物を魔物に変えたという推論については話さず、モノトリソウという植物に似た魔物を倒したとだけ伝えた。メルと話し合った結果、根拠があまりにもなさすぎるから、という話だ。
「不思議、というか、変、でしたね」
「ははは」
ギルドを後にした俺達は、ギルド近くの居酒屋に来ていた。
「それにしても、結局ギルドの人達もあの怪物については、分からないみたいでしたね」
俺たちの机の上には、芋をスライスして揚げたものと、それぞれの手元に、お酒が置いてあった。ビールの実という果実を絞って作られたものだ。
「ああ。今回は負傷者が数名程度で済んだから良かったが、この先もあのレベルのやつが出てきたらやばいだろうな」
俺の言葉にメルは下を向いて黙ってしまう。無理もないことだろう。
ふいに、どこからか寝息が聞こえた。
「もう、お腹いっぱいです」
「メル、何言ってんだ」
その寝息はどうやら目の前の少女から聞こえていたようだ。お腹いっぱいで何よりだが。
「本当に大丈夫なのか」
翌日、俺とメルは、再び、クルドの森へとやって来ていた。目的は、"怪物"とは別のもう一つの謎を解明するためだ。
「分かりませんが、昨日は大丈夫だったんです。今日は大丈夫じゃないということはないはずです、多分」
俺たちの目の前には、数体のスライムがいた。ちなみにスライムは色によって、種類が異なる。
目の前のスライムは、全て青色。通称、ウォータースライム。
「絶対に無理はするなよ。やばいと思ったらすぐに詠唱をやめるんだ。魔法の暴発とかは気にするな」
「分かりました。でも、きっと大丈夫です。だって」
メルは、スライム達に向かって両手を伸ばす。今から昨日と同じ魔法をぶっ放すのだ。
「リストさんがいますから」
メルは、詠唱を開始する。詠唱は、長ければ長いほど、強力なものになる。
「風よ、応えたまえ。その攻撃は全てを切り裂き、その真髄は風の民のみが知る。
"無数の風刃"」
メルがその言葉を唱えた瞬間、空気が揺れた。そして、無数の風の刃がスライムとその周りの木々を襲う。
そして、その風が止む頃には、そこには木々の破片以外、何も残っていなかった。"無数の風刃"、風の上級魔法の一つだ。
「リストさん、ついでに別の魔法行きますね」
空耳が、聞こえた。え。
「その風は、かの女神が起こしもの。その場の全てを、術者の魂をも飲み込む。巻き起これ。
竜巻」
轟音と共に、とてつもない風が吹く。何やってんのあいつ。
「すごい、すごいですよ、リストさん。私、二回も魔法出したのに、ピンピンしてますよ」
暴風の中、嬉しそうなメルの声がどこからか聞こえた。あ、やばい、飛ばされる。
「え、リストさん」
「メルの、ばかやろおおおおおお」
空の彼方へと俺は飛んでいった。完。
誰かに頬を叩かれている。痛い。
「ちょっと、起きなさいよあんた」
聞き覚えのある声がした。その声は、俺の中の思い出したくない記憶の中に存在していた。
「リアス」
「はっ、あんた如きが私の名前を気安く呼ばないでくれるかしら」
目を開けると、そこにはかつてのパーティーの仲間、"ベスト・オン・アース"の魔法使い、リアスがいた。そいつは相変わらず、口が悪かった。