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06


 それは夜半の事だった。

 言い知れぬ嫌な予感、とでもいえばいいだろうか。何かの予兆を感じ取って、ルイは目を覚ました。

。身じろぎせずに、周囲の物音に耳をすます。すると、風の音とは違う、ガサガサと何かが地面に生えている草を踏みしめる音がした。

 思わずあげそうになった悲鳴を必死で喉の奥に封じ、気づかれないように風魔法で補助をして飛び上がった。木の上にそっと着地して息を潜める。


(しまった、折角身体強化の付与飯を食べたのに逃げないなんて!

 あぁどうしよう。やりすごせますように…)


 咄嗟に木の上に身を潜めたが、それは逆に言えば退路がないという事でもある。まだ身体強化の魔法は効いている感覚はあるので、着地してダッシュすることはできる。が、それはこの足音のヌシに存在を晒すのと同義だ。

 魔物であれば、振り切れる可能性もある。だが、王家が雇った追っ手やこの辺りを根城にするならず者の類いであれば逃げ切れないかもしれない。


(落ち着いて…落ち着いて私…)


 歯の根が噛み合わず、ガチガチと音がしそうだ。薄く唇を開けて音を鳴らさないようにすると、今度はそこからハッハッと浅い吐息が漏れた。

 冷静に考えれば王家に雇われるような追っ手が足音で相手に気付かれるようなヘマをするはずがない。少し考えればわかることではあるが、極度の緊張状態の頭ではそこまで考えが及ばなかった。


 ツンと鉄臭い臭いが漂ってくる。それと同時に、草を踏みしめる足音が複数聞こえてきた。

 視界に入ってきたのは5匹の集団。青黒い肌と人間の子供くらいの背丈。各々刃こぼれした武器や破れたサイズの合わない服を着ているのがわかる。


(ゴブリンだ…)


 戦闘実習で何度も倒したことのある相手だ。成績優秀で通っていたルイーゼはゴブリン相手に苦戦したことはない。

 しかし、それはあくまでも実習。ベテランの教官や雇われた冒険者などが補助に入っている状況でのことだ。

 今は実戦で、もし何かしくじってしまったとしても助けてくれる人は誰もいない。

 知識としては「ゴブリンが苦手とする火魔法を使い殲滅もしくは撤退させれば良い」とわかっている。それなのに、体が動く気がまるでしなかった。戦闘実習では低い難易度として設定されている相手なのに勝てるビジョンが何一つとして思い浮かばない。

 濃厚な血の臭いが、判断力を鈍らせる。

 ガチガチと震えながら気付かれないことを祈るしかできなかった。


 ゴブリン達が通り過ぎるまでの間は、きっと10分にも満たなかっただろう。

 彼らが特段夜行性だという話は聞いたことがない。だが、夜間に動き回らないという話も聞かないので、たまたま先程食事をし終えたところなのだろう。刃こぼれした武器や口の周りにはべっとりと血がついているのが見て取れた。

 ゴブリンはそこそこの嗅覚を持つ割に、返り血の臭いには頓着しない。彼らにとって血の臭いは良い臭いなのだろうという雑学ばかりが頭の中を巡る。完全に現実から目を背けている証拠だった。

 震えながらゴブリンの様子を観察する。それしかできることがない。

 ほんの少しの時間なのに、永遠にも感じられる時が過ぎた。

 完全に足音が聞こえなくなる。

 結果として、ゴブリン達は気配遮断の付与布も、ルイのことも視界に入れる様子はなかった。


「…助かった、のよね」


 ドクドクと早鐘を打つ胸に手を当てて、生きていることを確認する。

 緊張のせいで掌は湿り、未だ呼吸は浅く早い。それでも、五体満足で、無事だ。


「…所詮"戦闘実習"よね。私に冒険者は無理だわ」


 出奔すると決めた際に、ルイにはいくつかの選択肢があった。

 まず前提として、国外に出るにはどこかギルドに所属していなければならない。ギルドとは、同業の人間達が助け合う組合のようなものだ。ギルドによってどのくらいの影響力があるかはピンキリだ。しかし、ギルドカードを持っていれば一応身分を保障して貰えると思って間違いない。国境を越える際に、そのギルドカードが必要となってくるのだ。

 一応、学園に入った時点でルイーゼとして魔法ギルドに所属したことにはなっているし、そのギルドカードは今も持っている。が、それを使用してしまうと簡単に足取りがバレてしまうので却下。

 そのため、どこかで別のギルドカードを作らなければならなかった。一番作りやすいのは、ほぼ誰でも登録ができる冒険者ギルドである。ただし、国境を越えるにはある程度の実力を認められる必要があった。そのためには自分である程度の魔物を討伐し、実力を示さなければならない。

 ルイはその条件を知った際に冒険者ギルドでギルドカードを作ることを断念した。

 戦闘実習では仕方なくやったが、どうしても自分が何かの命を奪うという行為への嫌悪感がどうしても拭えなかったのだ。


 結局、少し遠回りになるが商業ギルドにルイとして所属した。肩書きは魔道具の行商人だ。王都では売れないが、外国であれば十分売り物になるレベルの魔道具をコツコツ作成して実績を作って得た肩書きだ。名前や家柄は偽っているものの、実績自体はルイの努力の賜物である。

 実際商業ギルドも、ギルドに対する不利益がなければ名前を変えての商業活動も黙認している風潮がある。商人にとって大事なことは「どのくらい稼げるか」ということらしい。


 そんな経緯があって商業ギルドに所属したのだが、その判断はどうやら間違っていなかったらしい。どう考えても命を賭けて魔物と戦う冒険者に適性があるとは思えなかった。

 今回の一件はそれを裏付けるような出来事だ。

 やはり、自分は冒険者ギルドを選ばなくて正解だった。

 もし、冒険者ギルドに所属していたとしても、すぐにランクが落ちてしまっただろう。

 どのギルドでもそうだが、一定の実力を示し続けない限り除名や降格がある。冒険者ギルドは誰にでも門戸を開いている代わりに、そのあたりはとてもシビアだ。冒険者の等級はAが最高でFが一番下。駆け出しの冒険者はEランクだ。つまり、冒険者ギルドの最下層のFランクは駆け出しよりも能力がないと見なされ、ほとんどの場合干されてしまう。当然そのランクの冒険者に国境を越える権利などはありはしない。

 冒険者になるということは多少の例外はあるが、ほとんどの場合延々と命のやりとりをする生活になるのだ。

 それは、ルイの望む生活ではない。


「目指すは穏やかな悠々自適の街暮らし!」


 友人を作って、趣味を極めて。そんな平凡な暮らしがしたい。

 できれば恋愛とやらもしてみたい。

 貴族の責任とかそんなものを全部取っ払って、料理をして生きていきたいのだ。

 最終目標は、誰かに自分の料理を食べて貰うこと。そして、美味しいと言って貰うこと。それが自分にとって大切な誰かでもいいし、冒険者として頑張る人達向けにささやかな付与効果をつけたご飯を振る舞うのもいい。

 そのために今ルイができること。それは…。


「寝直しましょう。まだ夜が明けるにははやいわ」


 正直に言えば寝付ける自信はない。つい先程命の危険を感じたのだから当然のことだろう。けれど、今から焦って移動しても夜の暗闇で視界が悪く、余計な労力が消費されるだけだ。

 寝付くことは難しくても、体を休めることはできる。

 木から降りて、もう一度簡易ハンモックの上に寝そべった。

 さわさわと、風が草を揺らす音を聞きながら、ルイはゆっくり自分の呼吸を数えた。


(大丈夫、生きているわ)


 結局、明け方まで寝付くことは出来なかった。


閲覧ありがとうございます!

明日も12時更新を予定しています。

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― 新着の感想 ―
[一言]  ここで寝直すという判断をするところが世間知らずのお嬢様なんだろうなぁ。  国を出るまでは油断せず、休憩は最低限で体力の続く限り前に進んだ方がいいんだけど。もし検問が始まってたら出られなくな…
[気になる点] 「冒険者の等級はAが最高でFが一番下。駆け出しの冒険者はEランクだ。つまり、冒険者ギルドの最下層のFランクは駆け出しよりも能力がないと見なされ、ほとんどの場合干されてしまう。」  こ…
[一言] いきなり冒険者生活は無理でしょうね… 早く街に着く事を祈りましょう(笑)
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