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「は? ついてくって…いつ終わるともわからない旅にか?
君は女の子だ。わざわざ苦労することは…」
「あら、師匠は私が一人前になるのを見届けずに契約を破棄する予定でしたの?」
わざわざ師匠と呼んで立場を強調する。
案の定、責任感の強いウィリアムはウッと言葉に詰まった。
女の子扱いされたときに変な顔をしそうになったことは多分気付かれていないはず。こういう場面でそれはずるい。婚約者ですらしてくれなかった女の子扱いを今することないだろう。
ちょっとだけ嬉しくなってしまった自分の気持ちを無視するようにルイは更に畳みかける。
「確かに、私がついていくことで足手まといになる場面は少なくはないと思います。
けれど同じくらい役に立つであろうと自負しているのですが」
確かに今回の戦いでルイは散々だった。
敵の殺気にあてられ暫く意識がここに非ずという状態が続いていたし、機械仕掛けのキマイラの雷撃もウィリアムに手を引かれてなお食らってしまった。基礎体力が低いのでいつまでたっても雷撃のダメージは抜けず、痺れたまま地面に倒れ伏す状態。
列挙すればするほど落ち込んでしまいそうだ。
けれど、その醜態をカバーできるくらいに役立ったはずだ。異論は認めてやるモノか。
「いや、まぁ確かに君がいなけりゃ勝てない戦いだったけど…」
「それに…私、対人の方が怯えたりしないと思うんですよね。
人間からの殺気なんてイヤという程浴びてきましたから」
比喩で無く、何度も殺されかけた。食事に頓着しないお国柄か、毒殺未遂や異物混入はルイの周りでも多かった。味に頓着しないせいで毒の味に気付かないのである。強力な毒消しや回復で相殺する場面は頻繁だった。
その他にも直接刃を向けられたり、魔法トラップなんかも日常茶飯事だ。
熨斗をつけてくれてやりたい球体も肩書きは王子であり、権力に目がくらんだ貴族の目の敵にされていた。研究肌で無く権力を求める貴族が参加する王宮でのパーティは、さながら戦場そのものなのだ。
「…なにそれ王宮こわい」
「直接的な暴力に訴えたら負けな世界ですけれど、逆上させて先手を取らせて返り討ちなんていうのはよくしてきましたからね。
…あら? そう考えると後手に回るという点では駄目でしょうか?
でも、人間相手だからという理由で手心を加えるということはないと思います」
強い冒険者であっても相手が人間…例えば野盗だったり悪徳商人の用心棒だったりすると上手く戦えない場合があるらしい。特に、食い詰めて野盗になるしか道がなかった子供相手に手痛い反撃を食らうというのはよく聞く話だ。
けれど、ルイに限ってそんな心配は不要だった。もともと人間相手に戦ってきたようなものである。勿論武力ではなかったが、相手を殺す覚悟を持っていたのは確かだ。今更人殺しを忌避するようなタチではない。遠慮していたら自分が殺されると言うことはイヤという程分かっている。
「…エヴリーヌ相手でもか?」
「えぇ勿論。と、いうより、ピーターさんや、ピーターさんを思いやってしまうような方よりはスッパリいけるかと。
あ、実力的に敵わないという懸念はありますが」
「なるほどな」
実力の部分についてはウィリアムは何も触れなかった。
ダンジョンで、エヴリーヌは「偽っていた」と言った。ウィリアムの態度から察するに、彼女はあの眼鏡によって能力を偽っていた、というところだろうか。
鑑定スキルをも欺く何かがあの眼鏡に宿っていたということだ。
そして、ウィリアムの目から見て、ルイ単身ではエヴリーヌに勝つことは難しいと思っているのだろう。
「それに、彼女を追う個人的な理由もあるんです。
一つは彼女のかけていた眼鏡ですね」
「あぁ、あれは鑑定スキルを騙す何かがあるらしい。
めくらましかあるいは…ダンジョン産の何かなんだろうな、とは思うが。
ともかく、彼女の能力は眼鏡をとったあと飛躍的に上昇していた。スキルも増えていたしな」
やはり、ルイの予想通り彼女の眼鏡にはそんなからくりがあったらしい。
「ええ。これから上手く交渉して譲って頂ければ今後の私の安全が確保されますよね。
やはり一国の王子の元婚約者という肩書きは面倒ですから。あと、スキル付与魔法という新種の魔法も便利ではありますが、発見されていない技術だと思うと少々面倒です」
「まぁ…そうだなぁ」
上手く交渉、という言葉の真意は単純に強奪なのでは無いか。
そんな考えがよぎったが、ウィリアムはそれを口にすることはなかった。懸命な判断である。
「それともう一つは…一人の研究者として彼女の思想は相容れないことです」
ルイの本音は実はそちらだった。
もちろん鑑定スキルを欺く装備には興味がある。けれど、それはルイが誰にも手出しされないような力を手に入れればいい話だ。道は遠いけれど、自力でどうにかすることは不可能ではない。
けれど、研究者として、同じ研究者の立場である彼女の言動をルイは許すことはできなかった。
「これは私のエゴです。
私は魔法の研究が楽しくて仕方が無かった人間ですが、その研究の目的は”人のため”なんです。魔法の発展でも、ダンジョンの謎解明でも、その目的は同じでなければいけない…。
いえ、最悪、人になんの利益ももたらさなくたって構わないんです。
けれど、研究の結果を得るために人に害を与えてはいけない、と私は思っています」
スタンピードの研究は確かに有用だろう。
けれど、それで住民に迷惑をかけるのは絶対に違う。
研究者であれば起こってしまったスタンピードから、その原因を探るくらいの根性をみせてもらいたい。
勿論、これはルイの独断と偏見の凝り固まった主張である。
「思想が大変相容れませんし、あちらがそんな目的で人様を害すのであれば、華麗に防いでしまいたいんですよね。それで、悔しがる姿を見たいわけです」
「…言い方ぁ。
なんでそんな悪役みたいな…」
「実際彼女にとっては悪役でしょう。
それに、彼女の思想の方が結局は人類のためになることも少なくありません。
人体実験なしに人体の謎が解明されなかったように」
ルイは正義の味方を気取るつもりは毛頭無い。
単純に、エヴリーヌの研究の仕方が気にくわないから妨害するだけである。実際に悪役でしかないだろう。
「世間一般ではご令嬢は悪ととられがちですし、ちょうどよいですね。
いっそ高笑いしながら妨害してみましょうか…」
「いや、いいから」
「あ、同行許可いただけるんですね。嬉しいです」
「うんもうそれでいいよ」
ルイのごり押しにウィリアムは苦笑を漏らす。ウィリアムとしても彼女の魔法の能力はいてくれた方が心強いのは確かだ。ただ、単純に危険に晒すことになるため躊躇っていたに過ぎない。彼女がこうしてやる気満々なのであれば、反対する理由などないのだ。
「ただ、対人戦だったり、情報収集であったりっていうのは君全然経験ないだろう?
だからその辺りは指示に従って貰う。一緒に行く上でそれは最低限守ってくれ」
「もちろんですわ。
いっそのこと密偵についても弟子入りしてしまいましょうか」
「このままエヴリーヌを一緒に追うなら近いことにはなりそうだな。
彼女は俺の立場でも見逃しちゃいけない存在だ」
すっかり冷めてしまったミルク煮を、ウィリアムは一気に流し込む。
「うっし、でもまずは休息とって明日の退治に専念だな。
ギルド本部がどんな指示を出してくるかわからん」
「それもそうですね。
さっさと休みましょう」
「おう、後片付け俺がやるから君は風呂入っちまえ。
明日は退治の大半を任せるかもしれないからなぁ」
「アイアンスパロー程度であれば何匹でも大丈夫ですよ。機械仕掛けのキマイラも油断しなければたぶんいけます。
とはいえ、かなり疲労しているのでお言葉に甘えさせて頂きますね」
色々なことがあった一日はこうして幕を閉じた。
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