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「…そうか。わかった。
よく知らせてくれた」
ギルドの一室は重苦しい空気に包まれていた。それも無理はない。
愛妻家のピーターに、嫁の凶行を伝えたのだから。
「…あそこのダンジョンに適した冒険者がどのくらいいるか、だな。
効率よく稼ぐために食料ダンジョンに最適化した奴らが多すぎる」
ピーターの反応はあっさりしたものだった。嫁の凶行にも、逃走にも感情の揺らぎは見えない。ギルド長という立場の仮面で全てを覆い隠したようだ。
それが一層痛々しく感じる。
けれど、そこで何か言葉をかけられるほどルイはピーターと親しくはない。気安く踏み込めるような部分ではないのだ。
「それなのですが、間引きには私も加えて下さい。
恐らく私が一番適しているでしょう?」
「…そりゃそうだが…連戦になるぞ?」
「確かにそうですが、私のレベルアップになりますしね」
「ルイの魔法の腕は俺が保証する。まぁ…実戦経験の浅さで多少パニックになることはあるかもしれんが、そこは他の冒険者を頼れば良い。
不意打ちさえ食らわなければ安定して倒せるはずだ。
それに先程報告したスタンピードの前兆で出現した機械仕掛けのキマイラ、あれは彼女無しでは到底倒せ無かった。
普段は何層にいるのかわからんが、アレが出てきたとき対処できるのは俺らくらいだろう」
「一時的な付与であればともかく、そうでない付与は影響力を考えるとやりづらいですね」
師匠であるウィリアムだからこそ装備品を根こそぎ強化するという暴挙を犯せたのだ。信頼できるかもわからない相手にそれだけの強化をする勇気はない。過ぎた力は周囲全てを飲み込んで滅ぼしてしまう。
「そうか。わかった。
…一時的な付与であればできるのか?」
「…信頼できる方であれば。そこそこ訳ありの技術ですので。
今回の緊急討伐のみの強化であると理解してくださるのであれば付与します」
付与魔法は基本"モノ"に付与する技術だ。永続的に強化されると判断するのが当然である。しかし、それをするのは少々怖い。付与飯での強化であれば一時的なものなのでまだしてもよいという判断だ。
「出来る付与は?」
「魔法が使えるように出来ますが、それよりは身体強化したほうがよろしいのでは?
あと有用なのは身体回復でしょうか。
即死しない限りはじわじわと回復し続けます」
「…であれば回復だけでかまわん。
そっちならギルドのツテで新種のポーションが手に入ったとでも言えばいいからな」
「あーなるほど。そういう売り方もあるな」
「…今のところ売る予定はないですね」
「まぁその辺はおいおい、な。
こっちで信用出来そうな腕利きに声をかける。
お前らには明日も働いて貰うんだ、さっさと帰ってきっちり休め!」
話は終わりだ、とばかりにピーターはルイたちを追い出しにかかる。それが彼なりの優しさなのだ。こういった不器用な優しさを持つ男を、彼女は裏切ったのだと思うとやるせない。
「声かけなら俺もいた方がいいんじゃないか?
見極めるのは俺の専門だろ?」
「なに言ってやがる。ギルド長張ってんだ、この街の腕利きはきちんと理解してるさ。
まぁ…嫁のことを見抜けなかった男ではあるんだがな」
自嘲する声音に、ウィリアムが慌てて声をかける。
「それとこれとは話が違うだろ。
とにかく、お前がそういうなら任せるぜ」
「あぁ。念のため明日ダンジョン突入前の顔合わせの時にヘンなのがいたら知らせてくれれば良い。
とにかく今日は休め。ご苦労だった」
やっと我が家と呼んでも違和感が無くなってきた家の中。本当であれば今日は初の外れダンジョン討伐の疲れを労うために、仕込んでいた料理を振る舞う予定だった。特にウィリアムは魔法での討伐は初めてだから疲れているだろう、と。
けれど、こんな疲れは予想外だった。
信頼していた人物からの裏切り。
ほんの少し、研究者としての親近感を抱いていた程度のルイですら寂しい様な辛い気持ちになっている。ピーターと付き合いの長いウィリアム、そしてピーター本人はどれほど辛いのだろうか。
「何か食べられそうですか?」
それでも、食事と睡眠はきちんととらなければならない。
明日も戦いに行くというのであればなおさらだ。気分ではないかもしれないが、無理矢理にでも胃袋に何か詰め込んで、眠れなくても横になるべきなのだ。明日、無駄死にしたくなければ。
「そう、だな。汁物ならいける、気がする」
大食漢のウィリアムの頼りない返事。普段ならスープだけで満足するような胃袋ではないだろうに。
ただ、慣れない強化で内臓がダメージを受けていないとは言い切れない。それに、今は栄養をとることが先決だ。口に出来るのであればなんだっていい。
「じゃあ、今から軽いモノを作りますから湯でも浴びてきて下さい」
「あーそうか。ダンジョンから帰ってきて埃まみれだもんな」
「えぇ。ちゃんと汚れを落とした方がしっかり眠れますから」
風呂場に消えるウィリアムを見届けて、ルイは食事を作り始める。
珍しく食欲がないというのであれば、消化の良い食べ物が良いだろう。
「オーツ麦のミルク煮にしましょうか」
一品で手軽に食べられるし、ミルクの優しい味わいが多分今の自分たちにはあっている。もし、風呂でさっぱりして食欲がでたのであればそのときは作り置いていた肉料理を追加すれば良い。
野菜を小さく切り、スープストックで煮込む。料理をするくらいの魔力は回復していて助かった。今日は寝る前の修行をしなくても良いくらいに魔力を使っている。
野菜が煮えたらオーツ麦を入れて、更に煮込む。
あとはダンジョン産の牛乳を入れて一煮立ちさせ、塩胡椒で味を整えれば料理としては完成だ。
ここで身体回復の付与魔法をかける。これで、眠りにつけなくても多少は体力は戻るだろう。魔法で心の傷までは癒やせないけれど。
(この牛乳を手に入れたとき、ドロップは牛肉じゃないのか! とウィリアムさんは大騒ぎでしたね)
肉ダンジョンでのそんな一幕が、つい先日のことなのにまるで遠い昔のように感じる。
ウィリアムに出会って数ヶ月。この街に着いたのは数週間前だ。
「お待たせ、めっちゃ良い匂いする」
「ちょうど出来たところですよ」
食卓を整えて、一緒に席に着く。ルイも出来れば先に水を浴びて汚れを落としたかったが、やはり料理は出来たてで食べたいものだ。
二人で食前の祈りを捧げ、料理を食べ始める。
「うまい、な」
「よかったです」
会話が続かず、沈黙が下りる。
「…これから、君はどうする予定なんだ?」
「そうですね。まずは明日「機械の廃墟」で討伐を。
それから先のことは…ちょっと考えたいですね」
まだ何がどうなるかはわからない。けれど、少なくともピーターはギルド長という役職のままではいられないはずだ。そのとき彼はどういう行動を取るか。
「ピーターさんが、エヴリーヌさんを追うとしたら、ウィリーさんはついていこうと思っているのでしょう?」
「お見通し、か」
「ふふ、弟子ですから」
きっとウィリアムはそうしたいのだろうとは思っていた。
ただ、今のウィリアムには枷がある。弟子という枷が。
ピーターと同じくウィリアムだって責任感があるタイプだ。弟子が一人前になるのを見届けずに放り出すのは本意ではないだろう。
「別にエヴリーヌさんを追いかけるのは構わないですよ。
ついてくだけですから」
そう言ってルイはにっこりと微笑んで見せた。
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