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05


 王都から無事に抜けだした日の夕方。

 街道から少し外れた場所で、ルイは野宿の準備をしていた。近隣の街に既に通達が入っていることを恐れたためだ。本当なら何処かで宿でもとりたかったのだが、寝込みを襲われることを警戒してのことである。国を出てしまえばあとは安全な宿を探すつもりだ。

 幸いなことに、学園の授業の中には野営の仕方もあった。学園卒業後、モンスターの魔法を研究する研究室に所属することもあるからだ。もっとも、学生達には大層不人気な職場である。離職率もかなり高い。そのため、あまり熱心に授業を受ける人は少ない。

 が、そこはルイ、もとい、コンプリート癖のあるルイーゼである。

 周囲の目線など物ともせず、熱心に授業を受け優の成績を勝ち取った。


「今は見張ってくれる教官もいないから不安は残るけれど、基礎だけはしっかり出来ているはず…」


 授業で教えてくれるのは基礎のみだ。最終試験として野営で三日間耐え抜いた経験はあれど、それはあくまでも試験。魔物の出ない安全な土地で、姿は見せないけれど死ぬ前に助けてくれる教官に見守られながらという条件下だった。

 今、ルイを守ってくれる人は誰もいない。

 それどころか、安易に他人を信用してはいけない状況に成り下がっている。王宮や実家からの追っ手がこないとは限らないのだ。少なくとも国境を越えるまでは油断してはいけない。

 勿論自衛のためのアレコレは最大限準備はしてきた。それでも、これは落ちても救済措置がある試験とは違うのだ。

 ルイは拳を握りしめ、気合いを入れ直す。


「それにしても、改めて思うけど…実家の食事と野営の食事が変わらないって物凄いことよね」


 ルイは水魔法こそ出来損ないではあるけれど、腐っても公爵令嬢である。その彼女の普段の食事が野営の時とほぼ変わらないというのは、自分の事ながら渇いた笑いが漏れた。

 今後、自分で新鮮な魚を釣るなど出来るようになれば改善される余地すらあるのだ。今更ながらに厄介な境遇にいたのだとしみじみ考えてしまう。


 本日のメニューは作り置きしておいた蒸し鶏と買い置きしていたパンを火魔法であぶったものだ。香ばしい匂いが辺りに立ちこめる。匂いに釣られて魔物が来ないとも限らないため、眠る場所はここから少し離す予定だ。

 ちなみに蒸し鶏には身体強化、パンには身体回復の付与魔法をかけてある。今までずっと走り続けてきた体にじんわりと染み入るような感覚がした。所謂ポーションの類いとは少し効果が異なる。ポーションは摂取した時点で傷が治ったり、体力が回復するなどの効果が即座に得られる。だが、付与魔法を施した食べ物は、恐らく消化中ずっと継続して効果が感じられるのだ。身体回復の付与魔法がかけられたパンを三食食べている限り、体力は常に満タンを維持できる計算である。

 本当はスープも作りたかったのだが、次にどこで水を補充できるかわからないため温存した。こういうときに水魔法が使えないのは本当に不便である。


「水魔法付与の指輪は自分の手で作る!

 …なんて意地張らなきゃよかったわね。今後もこうだと流石に厳しいわ」


 アイテムボックスがあるとはいえ、手持ちの量には限りがある。そして、水はかなりかさばるものだ。本当であれば国境の町まで補給をせず身体強化魔法をかけてひたすら走り続ける予定だったが、この不便さの前に少し予定を変更してもいいかもしれないと思い始める。


「宿に泊まるのはちょっと怖いけれど、国境に近づく方が多分付与道具は高くなっちゃうわよね」


 隣国では需要があるため、国境付近では結構な数の付与道具が売られている。

 しかし、高い。隣国の人間が越境して買い付けに来ることが多いからだ。都近辺であれば、そもそも自分で使える人間が多いため安く叩き売られていることもある。店頭に並んでいない可能性もある点がネックだが。


「…でもなぁ」


 水魔法の付与道具があればルイでも水魔法が使えるようになる。

 しかし、自分の手でコンプリートするということができなくなるのだ。

 付与道具を使って魔法を使っていると、いつの間にか付与道具という補助なしでも魔法が使えるようになることがある。だが、この国ではそれを自分本来の魔法とは認めていなかった。

 『養殖』と呼ばれ


「確かに! 確かにそんなの捨てる国が定めた決まりでしかないわよ?

 多分他の国だったら付与道具使って魔法が使えるようになりましたーって言ってもなんとも思われないでしょうよ。でも、それは私のプライドが邪魔をするのよー!」


 思わず出た言葉が思いのほか大きく響いてしまい、慌てて自分の口を塞ぐ。

 此処は安全な街の中ではなく、魔物も闊歩する外の世界だ。わざわざ自分の命を危険に晒すことはない。

 急いで残っていた食料を口に詰め込み、風向きを読んで野営地を決める。


「この辺りかしら?」


 匂いの強い木の近く。湿った土と、柑橘系に似た匂いが辺りに漂っている。ほんの少し、土がむき出しになっている場所でルイは足を止めた。

 地面に触れると、ほんのりと湿っている。そこに、目を閉じて魔力を流すと、地面から丈夫そうな柱が三本現れた。その柱と、匂いの強い木にアイテムボックスから取り出した網を張れば簡易ハンモックの完成だ。これなら寝ている間に虫に這われるという不快な思いをしなくて済む。実際虫は侮れない、と習った。毒虫の可能性だってあるし、痒みだってバカにはできない。人間は痛みはある程度我慢できるけれど、痒みは耐えられないものだ。

 何にせよ、長い野営の旅を少しでも快適にできればそれに越したことはない。


「あとは上から気配遮断の魔法を付与した布をかければ探知はされにくいはず」


 土色の目立たない布を上から被せれば、夜の闇も手伝って魔物の目からは岩に見えるはずだ。勿論夜目が利く魔物相手では無駄だが、少なくともこの辺りにそんな魔物は生息していないことは確認済みだ。

 もし襲われるとすれば、実習でも戦ったゴブリンやスライムくらいだ。油断していれば手痛い攻撃を食らうし、死ぬことだってある。が、ルイの場合は触れられた場合魔法が発動するタイプの護身用アクセサリーを装備している。ちなみに自作だ。街中では危なすぎて使えなかったシロモノだがこういった場面ではかなり役立つはずだ。何せうっかり殴ろうとしてきたメイドを危うく焼き殺すところだった。一応きちんと身体魔法で回復してあげたが彼女は色々あって退職した。後遺症は残さなかったはずだが、心的な負担が大きすぎたのだろう。そもそもどんな理由があれ雇い主一家の人間に手を上げた時点でメイド失格だが。

 ともあれ効果実験済みの過剰防衛アクセサリーがあれば万が一接近を許しても即死することはない。それに加えて、先程食べた料理に付与されている身体強化の魔法の効果は大体6時間ほど。寝ぼけ眼であっても魔法を使うという一手を減らして即座に逃走できる。


「今できる最大限の自衛はした…はず。

 不安は尽きないけど、寝不足は一番の悪手だわ。さっさと寝ましょう」


 寝不足は判断ミスに繋がる。いつどんな時であっても睡眠時間は確保した方が良い。その方が最終的に効率が良いのだと、今までの経験からわかっている。

 即席ハンモックは屋敷のベッドより寝心地はよくない。夜襲の心配だってある。

 それでも、疲れからか、それとも解放感からか。ルイの寝付きはそう悪くはなかった。


閲覧ありがとうございます。

毎日12時更新を予定しています。

よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] 物騒なアイテム持ってるな(笑) 何かの切っ掛けで水魔法も使える様になりそうですねー。
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