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「失礼します。あの、受付の方にこちらへと言われたのですけれど…」
コンコン、と控えめなノックの音の後、涼やかな女性の声が聞こえた。その声にピーターの顔が崩れる。そりゃあもうデロデロに。それだけで、この声の主が噂のお嫁さんだということがわかった。
「おお、ちょうど良かった。紹介したいから入ってくれ」
入ってきたのは柔らかな金髪を持つ知的な美女だ。ほっそりとした体躯と、線の細い眼鏡、それでいて出るべきところは出ているし、引っ込むべきところは引っ込んでいるという理想的な体型。確かにこれはピーターが、というよりも大概の男性がデレデレになるだろう。ルイはどちらかというとキツめな美人顔だが、彼女は優しげな顔立ちだ。
ただ、彼女とピーターが並ぶと、なんというか…。
「まるっきり美女と野獣じゃねぇか!」
ルイがあえて口にしなかった言葉を、旧知の仲の気安さからかウィリアムがモロに発言してしまう。だが、そういった評価も慣れっこなのか、ピーターは怒りもしなかった。
「おう、良く言われるぜ!
美人だろ、俺の嫁は」
「もう…貴方。そうやって見境なく自慢するのはやめて下さいといつも言っているじゃありませんか。
はじめまして、お二方。ピーターの妻のエヴリーヌと申します」
はにかみながら夫を諫めるエヴリーヌ。その様が庇護欲をそそる、とでも言えばいいのだろうか。確かに屈強なピーターと並ぶと守られているようでお似合いにみえないこともない。
「俺の嫁さんは美人なだけじゃなく頭も良いんだぜ!」
ウィリアムとルイがそれぞれ自己紹介をしたあとも、ピーターの嫁自慢はとどまることを知らない。久しぶりに会った旧友に自慢したいのか、それともいつでもこうなのか。正直、ギルド職員達の反応を見るに後者な気がする。
「もう、いつも言っていますけど頭が良いわけではありません。
ただ、ダンジョンが好きなだけで…」
「ダンジョンが、好き?」
正直なところ、変わった女性もいるものだ、と思う。ルイにしてみればダンジョンは恐怖の象徴みたいな場所だ。いつでも命の危険がある、気を張っていなければならない場所。出来ることなら近づきたくはない。これから目指すもののためにそう言ってはいられないので渋々行くだけで。
そう思って疑問を返したのだが、それがエヴリーヌに火をつけたらしい。眼鏡の奥の瞳を爛々と輝かせ、立て板に水の如く語り始めた。
「はい、だって、あんなに不思議で神秘的な場所はないじゃないですか。
魔物はどこからくるのか。そもそもダンジョンは誰が何の目的で作ったのか、それとも自然発生なのか。自然発生だとしたら、その原因は? ダンジョン外で出る魔物とダンジョン内の魔物の違いはどこからくるのでしょう。そもそもドロップ品とはいったいなんなのか…。このメグルという土地は食品ドロップのダンジョンで有名ですが、何故食品が新鮮なままドロップするのか。しかもそれぞれにちょっとした特色があるんですよ!?
少し考えるだけでも様々な疑問がわく不思議な場所…研究せずにはいられません!」
息継ぎなしに捲し立てる彼女に三人の反応はバラバラだった。
ピーターは、どうだ俺の嫁は凄いだろうと言わんばかりの顔をしている。よっぽど溺愛しているのだろう。
「あーなるほど。ダンジョン研究家の方か。
そりゃギルド長のピーターにピッタリだわな」
ウィリアムはといえば少々苦笑いだ。言外に、ギルド長だからこそ結婚したんだろうなぁという言葉が滲み出ている。確かにギルド長の妻であれば様々な情報が入ってきやすいのは道理だ。よく見れば彼女も受付員と同じ、ギルド職員カードをぶら下げている。ピーターはギルド長として公私混同はしていないとは思うが、彼女が望む情報が手に入りやすい職につけたのは確かだろう。難点はこの地にしかいられないことくらいだろうか。
「なるほど…確かに研究のしがいはとてもありそうですよね、ダンジョン」
今までダンジョンは怖い場所としか思っていなかったルイは目から鱗が落ちる思いだった。そして、一方的にだがエヴリーヌに親近感を抱く。
「わかっていただけますか!?
最近はドロップの傾向について研究をしているのですが、これがまた難しく楽しくて…。最初は冒険者の方の実力によってドロップする品が違ってくるのではと思いましたが、統計を取る内にどうやら違うということがわかってきまして…」
肯定したルイに対し、エヴリーヌはぐいぐいくる。
絵面的には美女と美少女で大変目の保養になる光景だが、話している内容は研究オタクのソレだ。少なくともウィリアムは輪に入りたいとは思わないようで、若干後ずさり気味である。
「同じモンスターであってもダンジョンによって違うドロップ率になるのか、という点が気になりますね」
「ああ、その点は盲点でした!
ありがとうございます、早速そちらの観点からも調査を続けてみます!」
大急ぎでメモをとるエヴリーヌ。研究対象は違えどやはり何度も試行錯誤を繰り返すのは同じようだ。
「あ、そうですわ。
初歩的な質問で恐縮ですが、初心者が行くのに最適なダンジョンはどれなのでしょう?」
「ん? メグル周辺ならやっぱり外れダンジョンじゃないか?」
メモを取るエヴリーヌに代わり、ピーターが答えてくれる。
「外れダンジョン、ですか?」
「えぇ、この街の周辺には4つのダンジョンがあります。そのうち3つが主に食品をドロップするダンジョンで、残り一つが通称外れと言いますか…。
私にとってはそれはそれで大変興味深いのですけれども!」
目をキラキラさせながらエヴリーヌが解説をしようとする。それをちょっと遮り気味にウィリアムが続けた。
「確か一番敵のレベルが低いからそこでルイの冒険者デビューかな、と思ってたんだ。
肉はドロップしないが」
「あら、そうなのですか?
んー…正直冒険者ギルドとしては食品系の…できれば肉ダンジョンの低層のモンスターを狩って頂けると助かるのですが」
「お? そうなのか?」
「えぇ。毎回のコトなのですが、皆さん成長するとやはり少しでも多く稼ぎたい、または美味しいものが食べたいでしょう?
この街のダンジョンはどこもスタンダードに下の階層に行くほどドロップ品の質がよくなるんです。たまに例外なダンジョンもあるんですよ、例えば…」
「うん、エヴリーヌは美人だが一旦ストップだ。長くなっちまうからな。
で、だ。ギルド長という立場としても肉ダンジョンの低層回ってくれる奴が増えるとうれしい。従魔用の肉が不足してんだ。ま、いつものことではあるんだが」
ピーターとエヴリーヌ双方から話を聞く。肉ダンジョン低層でドロップする肉は質が落ちるものの量があり、使役されている魔物の餌にピッタリなのだそうだ。だが、自分で食べるには癖があり調理がしづらい肉は不人気でいつも在庫が少ない、とのこと。
「…どんなお肉なのでしょう?」
「あ、やべ。今度はこっちの研究心に火がついたかもしれん」
ウィリアムがぼそりと呟いたがもう遅い。ルイの頭は調理がしづらい肉のことでいっぱいになってしまった。美味しいものの方が好きではあるが、まずくても食えないことはない。むしろまずいと言われている食材を自分の手で美味しく出来ないか、ということに興味を惹かれる。
「あ~…じゃあ初ダンジョンは外れダンジョンじゃなく肉ダンジョンの方にするか」
「はい!
あ、でもまずは街中の依頼を何個かこなして慣れてから、ですけれど」
「ふふ、雑用依頼も受け手があまりいないので大歓迎ですよ」
結局その日は街の道整備の仕事を1つ受けて冒険者ギルドを離れたのだった。




