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どんな街にも、貧富の差というものはある。それは、自由が売りのダンジョン大国ダリアムであってもだ。様々な事情で食い詰めた者が暮らす貧民街の一角。
そのうちの一つが、ウィリアムが調査していたクランの隠れ家だ。
恐らく、そこにルイがいる。
隠れ家の様子を注視していたウィリアムは、音もなく近寄ってきた気配に声をかけた。
「どうだ?」
自分の方を見る素振りも見せなかったウィリアムに、男は少し驚いた様子を見せながらも冷静に堪えた。
「十中八九ここですね。
住民からの目撃情報からも合致します」
「わかった」
ギルドだけでなく、この街にいる高ランク冒険者に声をかけ、協力を要請した。この男もそういった事情で雇われた人間の一人だ。
ウィリアムが不正を暴いていたのは、ダンジョン大国ダリアムの中でもここ最近で急成長したクラン「黒羽の使者」だ。
別にクランの急成長は悪いことではない。むしろギルドとしては、優秀な冒険者やクランが増えると言うことはとても喜ばしいことだ。
ただし、急成長する場合、反動も大きいのは確かである。
そのため、ギルドは「黒羽の使者」だけでなく急成長するクランはいつも注視していた。
何かトラブルがあれば補助に入れるように。そして、急成長の理由が不正だとしたら、即刻潰せるように。
結論を言うと「黒羽の使者」は主に不正な人身売買で金を稼いでいた。そして、その利益でジャナンナ産の魔道具を購入し、ダンジョン探索を続けていたというわけだ。なんともわかりやすい図式である。
しかも、最近では小遣い稼ぎのはずの人身売買がメインとなっていたようだ。
ちなみにだが、ダリアムでは正規の手続きをとれば人身売買は合法である。違法だから彼らは問題視されただけだ。
そして、その違法な人身売買をしていたクランにルイがさらわれた。これは下手をすれば彼女も売られているということになる。
「…この短時間じゃ、ルイを売るのは無理だとは思うんだがな」
わかってはいても心配だ。
なにせ、ルイは見目がいい。その上魔法の才もある。魔法の才は鑑定スキルが無ければわからないことではある。しかし、人身売買をするような連中は、合法非合法を問わずそういった手段を会得しているものだ。そうでなければ商売あがったりになってしまう。
「周囲に「黒羽の使者」メンバーは見当たりません。
単独犯か…切り捨てられた輩か…。
どちらにせよ中の人数は多くないかと」
「わかった、突入するぞ」
周囲には腕利きの冒険者。証拠を押さえるためにウィリアム他ギルド職員も待機している。ルイが巻き込まれることだけは想定外だが、それ以外はカイムの読み通りだった。むしろ、ルイが誘拐されたことにより、押さえる手間が省けたと言っていた。
彼女が突入先にいれば現行犯。そうでなくても立ち入り調査だと言えば理屈としては通る。ここまでくると、突入しない理由がない。
なにより、ウィリアムはどちらかといえば脳筋タイプなのだ。あとのことは殴ってから考えればいい。
全力で暴れれば吹っ飛びそうな家のドアに手をかける。
一応、罠が無いことはそういった専門スキル持ちが解析済みだ。
ドア越しに気配を探れば、誰かがいるということはわかる。人数は多くない。この建物に二階や地下がないことも確認済みだ。
手に力を込め、わざと大きく音を立ててドアをあける。
もし、その音で隙が出来れば儲けもの、というものだ。
「邪魔するぜ! 「黒羽の使者」…あ?」
内部はガランとしていた。
目につくのはテーブルと、その上にあるグラスくらいだろうか。もっとも、グラスは倒れていたけれど。
そして、そのテーブルの近くには人間が二人倒れていた。一人は見知らぬ男。もう一人は見事な銀髪の女性、ルイだった。
その姿に一瞬ヒヤリとする。巻き込んだ上に、怪我でもさせてしまったのか、と。
しかしながら、その心配は杞憂に終わった。ルイが気怠そうに起き上がったからだ。
「あら? ウィリーさんですの?
これは倒れ損でしたわね。服が汚れてしまいました。
そちらの方もきちんと起きて下さいな。でないとまたお仕置きですわよ」
「ひぃ! すんませんすんません! 起きてます意識はありますからぁ!!」
ルイはおっとりとした口調で、だがある種の冷徹さを声に滲ませてもう一人の倒れていた男に声をかける。すると、大の男とは思えない情けない声をあげた。
しかし、身動きは一切しない。いっそ不自然なほどに。
ただ、今は誘拐実行犯ではなく、被害者であるルイの安全確認が先決だ。
「ルイ、無事だったのか!」
「えぇ、お陰様で。
主役は遅れて登場するもの、とは良く言いますが、少しばかり遅すぎでは?」
ニコリ、と目尻は下がり口角は上がっている。しかしながら、その声音は周囲の温度を五度くらい下げそうなものだった。
パンパンと衣服についた埃を払いながら、試すような視線を向けられる。
「えーと、怒ってらっしゃる?」
「ふふ、イヤですわ。
まさかまさか。お師匠様に怒ることなど何一つありませんでしょう?」
「いやなんかもうすいませんでした」
怒ってる。めちゃくちゃ怒ってる。
どうやったかは知らないが、ルイは自力でこの状況を打破したらしい。
正直、ウィリアムはルイを見くびっていた。Cランクにあがれるかどうかを不安に思うような少女だ。きっと知らぬ輩に拐かされて、不安に思っているだろうと。
しかし、現実はそうではない。この中では本人とウィリアムだけが知っている情報だが、彼女は隣国ジャナンナの大貴族の出身だ。しかも元とはいえ王子の婚約者にまでなった人物である。
単独犯による誘拐くらいで怯えるような人ではないのだ。
「…まぁ、過ぎたことをグチグチいっても仕方がありませんわね。
とりあえず、そちらの方に詳細を聞いた方がよろしいのでは? 私が目の前にいればきっと良い子にしてくださいますわよ」
「はい! それはもう!
だからもうお仕置きは勘弁してください!!」
「…どうなってんだ、これ」
ウィリアムの背後から、呆然とした冒険者の声が聞こえる。正直ウィリアムも似たような心境だ。人質を取られながらの戦闘になるはずだと気を揉んでいたのだから。
しかしフタをあけて見れば助けるはずの相手は悠然と微笑んでいた。
しかも、捕まえるはず男の方を見れば、顔面が垂れ流した涙と鼻水でグチャグチャだ。とても汚い。だが、気になるのはそれを拭ったような跡が全くないことだ。ふと下半身を見ると…これ以上は武士の情けで言及するまい。匂いが籠もっていないのはルイが風魔法で飛ばし続けているのだろう。
「その辺りの詳細は後回しにするとして、ウィリーさんは手早くこの方に聞きたいことを聞いた方がよろしいかと」
「あ、あぁ…」
「…もし守秘義務などあるのでしたら、一度場を変えます?
時間と場所を変えたせいで彼がおしゃべりをして下さらないようであればいつでも私がまたお仕置きをしに…」
「いえ!! お嬢様のお手を煩わせることはないです!
神々にでもなんでも誓ってしませんのでもうやめてください!」
「…だそうですわ」
にっこりと宣言するその様は、まるで女帝のようだったとかなんとか。ルイには不本意かもしれないが、この様は暫く冒険者の間で語り草となる。
今更ながらに、ちょっと大変な人物を弟子にしたのだなぁ、としみじみ感じるウィリアムだった。
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