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 ルイがスキル付与魔法を獲得して数日は、特に動きが無かった。

 ウィリアムが動けない状況なのだから、当然と言えば当然だろう。

 スキル付与魔法が成功したお陰でウィリアムの仕事が多少ははかどったのはある。それと、ルイのスキル付与魔法のレベルが一つあがって2になった。

 まだまだ成功率が低いが、練習が出来ないのでこればかりは仕方が無い。


「思ったよりも早く終わりそうですね」


 初日は山積みだった書類も、今は束と言えるくらいになっている。その様子にウィリアムの補助にあたっていたカイムはホッとしたため息を吐いた。


「はじめは文章を読み取ることすら大変そうでしたので、一週間どころか一ヶ月かかるんじゃないかと本気で思っていましたが…」


「人間慣れるもんだな…」


 実際、慣れもある。

 が、これはルイのスキル付与の効果だろう。ルイはリクエストしていた事務スキルの付与にうまいこと成功してくれた。

 お陰で今まで目が滑っていた書類もなんとか読むことができたし、計算も簡単な四則計算ならミスをしなくなった。

 ルイにそれを話すと「そこからだったんですね…」と沈痛そうな面持ちで言われてしまったが。一般的な冒険者はまず書類仕事というものが無いので大目に見て貰いたい。

 今回は極秘任務にも関わらず国外へ不法出国してしまうという事故が重なったため、こうなったことが大きい。

 ともあれ長かった書類仕事も終わりが見えてきた。

 本来の仕事である密偵の方も恐らく近日中にカタがつく目処が立った。


 その、気の緩みがまずかったのかもしれない。


「そういえば…ルイさん遅いですね」


「ん? あぁ、もう昼時か。

 確かに珍しいな。いつも時間正確なのに」


 作業に没頭していたせいで気付かなかったが、今は昼をちょっと過ぎたあたりだ。この位の時間に食堂に行くと席が埋まっていて食べるのに難儀する、そんな頃合い。いつもであればルイがとっくに昼飯をもってきてくれているのだが。


「まぁ厨房だろうし、ちょっと様子見てくるわ」


「私も行きます。今から食堂に行っても少し待ち時間がありそうですから」


「それもそうか」


 ウィリアムはカイムと連れだって厨房までの道を歩く。書類仕事のためすっかり体が固まってしまった。カイムにぶつからないように配慮しつつ腕をグルグル回す。やはり自分は冒険者で、体を動かす方が本分だな、と苦笑してしまう。


「それにしてもルイさんは変わっていますね。

 ジャナンナ出身で、恐らく高位の魔法使い。望めばいくらでも職があるでしょうに、まさか料理に興味を持つなんて…」


 カイムの姪は、魔法の研究者を目指してジャナンナに留学している。

 その夢を応援する立場のカイムからすれば、姪が望んでも手に入れられるかわからない才能を自ら無駄にしているルイが気にくわないのだろう。ルイにはルイの事情があるとわかっているので、あの程度のイヤミですんでいる…はずだ。ウィリアムの知るカイムはイヤミにイヤミを返されたら更に倍返しするような男だから。


「やりたいことは人それぞれだからなぁ。

 適性があっても、本人にその気が無ければ無理だよ。例え、他人がどれほどそのポジションを望んだとしてもな」


「頭ではわかっていますがね…」


 そんな会話をしながらルイがいる厨房へ到達する。

 だが、そこに彼女はいなかった。


「なんだ、これは」


「ちょっと席を外した、には見えませんね」


 刻まれた食材があちこちに散乱している。ルイは魔法を使って調理するのだと、ギルド職員の中で噂になっていた。宙に浮いた食材が風魔法で正確に切り刻まれる様を見た職員がいるのだ。噂が流れはじめた段階で、特別ランクを申請するかもしれない重要人物だとして箝口令を敷いたが、やはり人の口に戸は立てられない。

 むしろ、重要人物だと印象づけたことで狙われたのかもしれない。


「明らかになんかあっただろ。しかも、後始末すら考えねぇ短絡的な連中だ」


 ルイは魔法を使って調理するので、ほとんど厨房を汚さない。

 普段厨房をよく利用する者たちから「本当に使っているのか?」と疑問の声が上がるほどだ。


「であれば足もつきやすいでしょう。

 ギルド内にもいたとは…」


「そこは予想の範囲内だろ。

 ただ、ルイに手を出すことは考えてなかったな」


 ウィリアムがギルド内にとどまっていたのは餌の意味もあった。今回調査していたクランが焦るように仕向けていたのだ。

 今ウィリアムをどうにか始末すれば、不正は明るみにでないのではないか。

 そう思わせるようにわざと隙を作り、定期的に外を出歩いたりもした。実際一度はウィリアムを追い詰めた武闘派クランだ。そういう短絡的な行動に出る確率は高い。

 そうしてウィリアムを狙ったところを一網打尽にする予定だったのだ。他のギルド職員が、今回の標的であるクランのメンバーが潜伏している場所を探っており、大体の目処がついたところだった。後は人数を揃えて突入するか、それとも、ウィリアムが囮をするかというツメの段階である。

 だが、そのクランの矛先がまさかルイに向かうとは思ってもいなかったのだ。


「ギルド長に報告してきます。

 色々あぶり出せそうですね」


「急いでくれよ。確かに魔法の腕は一流かもしれんが…魔物を殺すことすら厭ってたお嬢さんだ。反撃も難しいだろ」


「それならば逆に手出しはされませんよ。

 あちらの目的は十中八九あなたなんですから」


「…だといいがな」


 ルイは無駄に美形だ。

 少々硬質な印象は否めないが、下卑た言い方をすれば上玉と言って良い。相手がそういう手合いであれば怖い思いをしているかもしれない。

 しかしながら、いくら心配をしようとも、場所のアタリがつかなければ動くことすらままならない。

 現状に思わず舌打ちをしながら、ウィリアムは報告を待つしかなかった。




 同時刻。

 ルイは心の中で盛大に舌打ちをしていた。

 一応表に出さなかったのは、目の前に自分を拐かした張本人がいるからだ。

 ルイは現在拐かされ気絶している、という設定なので身動きは出来ないし、目をあけて現状を確認することもできない。

 だが、幸いなことに、相手は魔力に関してド素人だった。

 そして、気配を探ればわかることもある。


(このクソ野郎、どうしてくれましょうか)


 目の前の男はこともあろうに「上玉だし味見しても怒られねぇんじゃねぇか? いやでもなぁ…」と言い放ったのだ。

 確かにルイにも落ち度はあった。

 過剰自己防衛装置である護身具をしてなかったのである。

 というのは、ギルド内では不意に触れられそうになることが度々あったのだ。何故か冒険者という人種はパーソナルスペースが狭いらしく、スキンシップが多い。危うく近づいてきた冒険者を爆破するところだったので、ギルド内に入った時に外していたのだ。

 それが仇となった。

 ギルド内は安全と油断していたところ、そしてこれから調理を始めるぞ、という段階で不意打ちをされればルイに出来ることはない。

 せめて深窓の令嬢もかくやという仕草で気絶するフリをするのが関の山だ。少なくとも気絶していれば相手も油断して何かボロを出すかもしれないし。

 あと、痛いのは絶対に嫌だ。ということで、相手の隙をうかがっていたのだが、その過程で出てきたのが先の台詞である。


(少なくともこんな小汚いところに私を転がすくらいですから、ジャナンナの追っ手でないことは明白。

 であれば師匠のお仕事関係でしょうね。

 …全く、師匠ともどもどうしてくれましょうか)


 少なくとも師匠には暫く野菜のフルコースを出すことを決意しながら、ルイはどうやって逆襲してやろうかと考えを巡らせるのだった。


閲覧ありがとうございます。


できる限り、毎日12時頃更新をしようと思ってますので応援よろしくお願いします!

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