03
遅れました!!!
(まず、使用人はともかく家族の誰にも会わないことが大事。
どうせ父は研究に没頭しているはず。
妹は補習って聞いたから、学園内にいるとは思うけれど、話が伝わるのは一番遅い。伝わったとしても家に伝える手段はないから問題ないわね。
となると、家の中で暢気にお茶会している母が一番の難所ね)
無事に家の中に侵入することが出来たルイーゼは、荷物回収までのプロセスを考える。家に入れた、ということはまだ誰も婚約破棄騒動を知らないというわけだ。
もともとルイーゼに対してこの家は無関心である。
妹が帰ってきた時は執事頭やらメイドが総出で出迎えるが、ルイーゼに対してそんなものはない。いつ頃だったかは忘れたが、お義理でイヤイヤ出迎えられているのを感じ、面倒なので出迎えなどいらないと断ったのがきっかけだ。
ルイーゼとしては気遣ったつもりだし、こちらとしてもその方が面倒がなくていいと思っての申し出だった。が、ルイーゼに命令されるのはなんだかんだで腹が立つらしい。今度は「帰宅していたことを知らなかったので」とかいう理由で夕食に呼ばれなくなったりした。大変幼稚な嫌がらせである。
ただ、このお陰で貴族令嬢にあるまじき趣味が増えたのは僥倖だった。
(令嬢だろうがなんだろうがお腹はすくわよね。お陰様で料理が出来るようになったのは好都合だったわ。
しかも、料理に付与魔法が出来るなんて初めて知ったもの)
食事を用意して貰えなくなった結果、ルイーゼは自分で料理をすることを覚えた。
そのコトに対しヒソヒソと、あるいは堂々と苦言を呈してくる輩もある程度は存在した。曰く、公爵家のメンツがどうのこうの。しかし、用意しなかったのは使用人達の怠慢だ、と言えばいずれも黙った。ルイーゼからすれば家族と顔を合わせなくてすむ上に、低レベルな嫌がらせを受けずにすむ。まさに一石二鳥で、自分で料理を作る方が快適だと気付いた。低レベルな嫌がらせ、とは腐りかけた食料を使われたり味付けが変に薄かったり濃かったりなどである。よくもまぁ雇われている側の人間がそんなことをできるものだと感心したものだ。つくづく、この公爵家の価値観は狂っていると実感する。
ともかく、そんな事情でルイーゼは料理にのめり込んだ。
城下で簡単な調理器具と材料を揃えればあとは簡単だ。何せキッチンに行かなくても加減した火魔法を使えば火を通すことは造作も無い。これで水魔法も使えれば煮込み料理が楽になったかもしれないが、そこは水をたらふく用意しておけばいいだけの話。
しかも時空魔法を使った異空間やアイテムボックス内は、時間の流れが遅いらしく料理や材料を置いていても腐りにくいことも発見した。熱々料理は多少冷めてしまうし、氷はかなり時間が経つと水になってしまうこともわかった。
そういったコトを発見しているうちに、ふとルイーゼは自分の料理に魔法が付与できないかと思いついたのだ。
結論からいえば、料理に魔法を付与することはできる。
火魔法を付与した料理を食べたあとに火魔法を使うと、威力があがる、といった具合だ。たまになんの効果も得られなかったりするものもあったが、これはかなり大きな発見だった。この魔法大国と呼ばれる国で何故研究されていないのかが不思議なくらいだ。
が、それは少し考えると理由がわかってしまう。
この国では食がそれほど重要視されていないのだ。
身体魔法を扱えれば、ある程度の生命維持は可能である。それ故に、食事を楽しむよりも魔法の研究を優先したい、という魔法オタクばかりが集う国になってしまった。研究が第一でそれ以外は全部同率選外。極論をいえば政治なんていうのは魔法の研究に適性のないヤツがやればいい、という感じだ。
「…冷静に考えて、よく体裁保ってるわよね」
確かに戦争になればこの国は異常な戦力を発揮するだろう。下手をすれば一つの国くらい吹き飛ばす戦力があるのは確かだ。
しかしそれは命令系統がしっかりしていれば、の話。国として軍も所有しているけれど、機能するかは怪しいところである。
「何をしているのです?」
「…お母様」
アレコレ考えを巡らせていたせいか、反応が遅れてしまった。
年齢を感じさせない若々しい肌と、見事なウェーブを描く水色の髪。本来で在れば優しげな顔立ちをしているだろうに、無理に目をつり上げて厳しい表情を作っている人物。それが、ルイーゼの母であるリーヴァだ。
ルイーゼとは対照的に、リーヴァは水魔法以外に全く適性がない。だからこそ、このガルニエ公爵家に娶られたわけだけれども。彼女の才があれば天災級のモンスター、ファイアドラゴンであっても敵わないと言わしめた才能の持ち主だ。
本当に、それ以外はなにもないけれど。公爵家の妻としての能力も、母親としての能力も。
(落ち着け。家には入れたのだからなんとかなる。ヒステリーを起こさせず、頭を下げて嵐が過ぎるのを待てば良い。
最悪魔法で強行突破も不意をつけば…多分…)
「今日はパーティと聞き及んでいましたが」
「公爵家の面汚しがパーティもなにもないかと。
それに、仕事が残っています故」
顔を見ないように、まるで使用人の様に頭を下げ続ける。
さっさと去れ、と念じながら。
「大分立場がわかってきたようね。
失敗作は失敗作らしくしていればいいのよ。お前に出来ることなんて精々仕事だけですものね」
(その仕事を私が放棄すれば、この公爵家はどうなるかわからないですけれどね)
いくら魔法大国の貴族といえど、魔法の研究だけしていればいいというものではない。確かに魔法の力が強い上級貴族ほど下級貴族に仕事を丸投げする傾向がある。しかしながら、ガルニエ公爵家は研究も貴族としての仕事も両方こなす立場にあった。だからこそ、代々国王からの信頼が厚かったのだ。
ただし、それは先代までの話。
今のガルニエ公爵家は貴族としての仕事をルイーゼに丸投げしている。単に丸投げ先が変わっただけにすぎない。現当主である父、ポッセは仕事どころか家族にまで見向きもしない。ただただ、水魔法の研究だけにあけくれている男だ。
彼はルイーゼに水魔法の適性がないと知るや否や、ルイーゼから興味を失った。まだルイーゼが物心もつかないときの話だ。
『水魔法ができないのなら、コイツに雑務をやらせれば良い』
その言葉が、どういう意図で発されたものかはわからない。
ただ、お陰でルイーゼの命が繋がったのは確かだ。当時、公爵家の面汚しになる者など処分してしまえという人間は、今目の前にいる母を筆頭に少なくなかったらしい。
ルイーゼにとって、父は好きでも嫌いでもない、よくわからない人物だ。
「ほんと、可愛げのないこと」
頭を下げてやり過ごそうとしている姿が気にくわなかったのか、突然顔面にバシャリと水をかけられた。無論、リーヴァが水魔法で生み出したものだ。彼女にとってこれくらいの水魔法は造作もない。その気になればルイーゼの口と鼻の周りにだけ水を生み出し、窒息させることも不可能ではないだろう。
「……」
このイビリも今日が最後。
そう考えると耐えることはあまり難しくはない。
ルイーゼは濡れた状態のまま、母が去るまでその体勢を崩さなかった。
明日こそは12時更新します!!