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「あ、そっかそっか。
術者の君にもスキル付与が成功したかどうかっていうのはわからないんだ?」
モグモグと忙しく口を動かし、ゴクンと飲み込む。おじさんの癖にウィリアムのそういう部分はちょっと若く見える。
少なくとも、きちんと食べ終わってから話す姿勢は好感が持てるが、話の結論をさっさと言ってくれない点はちょっとマイナス評価だ。
とはいえ、マイナス評価になろうともしばらくは一緒に行動しなければならないのだが。
ともあれ、別にウィリアムは意地悪をして教えてくれないわけではない。
お互いの認識が大分ずれているので確認事項が増えてしまうのは仕方がないことだと理解している。
「えぇ。魔法付与は魔力が感じられるのでわかるのですが…」
「なるほどなぁ。
確かにスキルって一部以外意識して使いづらいもんな」
「それで、できていましたか?」
うんうんと一人納得するウィリアムに、ちょっと焦れてしまう。
新たに口に放り込む前に結論を聞かなくては。
そう思って結論を促すと、あっさりと肯定された。
「うん。俺が一番最初に食ったメンチカツのやつに、算術レベル2が付与されてたよ」
「一つだけ、ですか?」
ルイの頭に疑問符が浮かぶ。
どれも同じように付与をしたはずだ。少なくとも意識して違いは出していない。だとすれば無意識か、ランダムで効果がでるのか。
「うん、一つ。
ちょっと揚げ時間長そうな、こんがり色の…」
「あ、あれは!
ちょっと油が跳ねて驚いてしまったんです!」
身体強化の魔法が付与されているとしても、怖いものは怖い。跳ねた油がどこまで熱いかわからなくて一人で大慌てしていた記憶が呼び起こされる。大変はしたなかったとは思うが、そこは不可抗力だろう。
「それはそれで香ばしかったから問題ないよ。美味しい美味しい。
普通のカツサンドの方も美味しいしね」
「味に満足していただけようで何よりです。
ですが、一つだけとはおかしいですね。私は全部に付与をしたつもりなのですが」
確かにそれぞれ考えていたことも統一していたかと言われれば違うと答える。
けれど、それが決定的な差になるのだろうか。
「スキルが意識しづらいのはあるかもね。
…ん? あれ?」
「どうしました?」
「なるほど。新しい魔法が増えてるみたいだ。
いや、派生といったほうがいいかな?
スキル付与魔法レベル1ってのが見える」
「…そういえば、魔法はレベルが低いと発動が不安定でしたわね」
ジャナンナの研究でもそれは明らかになっている。魔法のレベルの概念は、レベル1で習得したものの、まだまだ発動は不安定。レベル10で不安定期を脱して、レベル20あれば指導する側に回れる、といった感じだ。
「ふんふん。だから一個だけ成功したのか。
まだ失敗の方が多いけど、それも練習すればレベルがあがって慣れてくるよね」
「そうなりますわ」
そう考えると少し安心できた。
目の前のカツサンドも美味しく食べることができそうだ。少なくとも付与魔法は失敗していないし、ルイは新たな魔法を習得できた。良いこと尽くめだ。
これで心置きなく美味しくカツサンドを食べることができる。
どちらから食べようかとちょっと悩んで、結局普通のカツサンドの方にした。はしたなくならないように口をあけて食べる。香ばしい油の匂いと、少し時間をおいて全体的にしなっとした衣の感触。下味をしっかりつけたせいか、甘辛ソースがルイには少しくどかった。だが「今、肉を食べています!」と言わんばかりのオーク肉の主張がソースの強さに負けていない。
「ん…美味しく出来た…とは、思いますが…。
ちょっと重いかも」
美味しくないわけではない。が、重い。揚げという調理法も相まって、食べきれる自信が無い。あと、オーク肉を咀嚼するのに顎が疲れる。元から肉を食べるときに顎が疲れると思っていたが、これは格別だ。決して固い肉ではないのだが、今まで作ってきたどの料理よりも厚さがあるのだ。
行儀は悪いが残してしまおうかと思案していると、横から声がかかった。
「もし残すなら食べる? あ、君が気にしないなら、だけど」
ふと見れば先程見たときは行儀良くトレイに収まっていたはずのサンドイッチの大半が消えていた。どんな魔法を使ったのだろう。
一瞬現実逃避してから、風魔法を使う。
手に持っていたカツサンドをズバッと半分にした。
「食べかけで申し訳ないですが、食べていただけるのなら有り難いです」
「俺は気にしないよー。うっかり駆け出しの頃は色々あってよく食糧難になったからねー。食べ物のシェアとかしょっちゅうだったもの。
あ、もしダメそうならメンチカツの方もはんぶんこする?」
「そうしても平気であれば…。
ってちょっと待って下さい? 全部食べる気ですか?」
ルイは結構多めに作ったつもりだ。ルイであればあの量で一週間以上は保つだろう。
その大部分が、目を離した隙に消えていた。
「えっ…だめだった?」
「ダメではありませんが…太りません?
暫くデスクワークですよね」
「うっ…やっぱヤバイか?
まだ中年太りする歳ではないと思いたいけど…」
「…そういえばおいくつでしたっけ?」
「………29」
「…えっと…そうですね、あのまだ20代ではありますが普段の運動量から考えると今たくさん食べるのは得策ではないかと」
一瞬動揺してしまった。予想外に若くて驚いてしまったのだ。
しかしよく考えれば肉体労働が主な冒険者である。年齢が上がればどうしても動きは鈍くなる。若くない方がおかしい。
「正直に言って良いよ。
もっと上だと思ってたでしょ。よく言われるんだよ、無精髭剃れとかさぁ」
「まぁ…剃った方が若く見えるとは思いますわ」
「めんどっちいんだよなぁ…。
とりあえず今の老け顔で更に太って、こんなうら若いお嬢さん弟子にしてたらなんか要らぬ誤解生みそうだし全部食べるのは諦めるよ」
大変恨めしそうな顔をして、ウィリアムは全て食べきるのを諦めた。
正直言って、現時点で食べ過ぎな気もするが、そこはつっこまないことにする。かわりに、これからルイが味見をするメンチカツサンドの方を、ちょっとだけ多めに切って渡すことにした。
「…でも、これちょっと問題かもしんない」
「何がでしょう?
サンドイッチだけだと栄養が偏るでしょうか?」
確かに野菜不足は少し気になった。やはり野菜のポタージュでも作っておくべきだったか、と反省する。
が、ウィリアムが指摘したいのはそちらではなかったようだ。
「いや、そっちじゃなく。
スキル付与魔法って、俺初めて見たんだよ」
「…それ、は…」
確かに問題だ。大問題の部類だ。
ウィリアムは世界中をあちこちフラフラする冒険者だ。しかもランクが高い上に、ギルドの密偵ということもあって色んな場所に行き、色んな人と出会ってきたことは想像に難くない。
そんな彼が、初めて見るという魔法。
「…もしかして、新種の魔法、でしょうか…?」
「いやぁ、流石にジャナンナなら…」
「…ジャナンナでスキルの存在を知る者はごく少数なはずです。それこそ、王に近しい者とか…。
それか、他国からの留学生であれば知っているかもしれませんが…」
魔法大国ジャナンナに来るような人物であれば、スキルのことはあまり念頭に置いていない確率の方が高い。
そして普通にスキルが身近にある国の人達は魔法に馴染みが薄い。
「完全に新種では無いかもしれない。けれど、世間には知られていないっていうのは確実だと思う」
「…大問題では?」
新たな魔法の習得に浮かれていたけれど、これがもし世界的にも新しい魔法だとしたら…魔法大国ジャナンナでも見つけていない魔法だとしたら、大問題ではすまない。
ルイの顔面から血の気が引いた。
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