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「これで、完成!」
ルイの目の前にあるトレイには、行儀良くサンドイッチが並んでいる。ちょっと油の匂いでぐったり気味だが、少なくとも上手く出来たと思う。
サンドイッチの具は揚げたてのオークカツとオークメンチカツだ。味付けは昨日買った甘辛いソース。野菜もたっぷり挟んであるのでボリュームも満点だ。公爵令嬢が人前で食べるには憚られる厚みになっているが、今はルイーゼではなくルイとして生きているので問題はないだろう。
ウィリアム用の一人前にしても大分多くなってしまったが、余ってしまったらアイテムボックスに入れればよいだけだ。幸いアイテムボックス内は腐りにくい。
「さて。問題はここからですわ」
夢中になって料理していたが、時刻はまだ昼には早い。
サンドイッチはアツアツでなくても構わないものなので、昼までに付与にチャレンジする予定だ。魔法を惜しみなく使ったお陰で後片付けも大分楽である。
調理場をキレイに片付けてからサンドイッチに向き直る。
「スキルの付与…出来るのであれば大発見ですわよね」
とはいえ、出来る自信はあまりない。
普段している魔法の付与であればルイは意識しなくとも出来る。けれど、今回チャレンジするのは自分に存在すると意識すらしていなかったスキルというもの。
「基本からおさらいしましょう。
まず魔法を付与するときは…」
初めて付与魔法を成功させたときの記憶を辿りながら、正確にトレースしていく。
魔法を付与するときはまず、その魔法を一度使ってみるところから始める。火魔法であれば、極小さな火種を作り、そのエネルギーを対象物に移すイメージをする。よくここで失敗して対象物、例えばアクセサリーなどを黒焦げにしたり、またはびしょ濡れにする事態が多発する。
そのため付与魔法の練習をするなら光や闇魔法が最適と言われていた。
(魔法は一度使ってから具体的に移すイメージをして、対象物に近づけたりするのですが…。
そもそもスキルを使う、とは…?
例えば算術を使うとして…数式を思い浮かべればいいのでしょうか?)
少々戸惑うがやってみなければわからない。簡単な数式を頭に思い浮かべながら、いつも通りの付与魔法の手順を繰り返す。
やり方やイメージを考えながらやっているうちに昼食の時間になった。
「…出来てるのか出来てないのかサッパリわかりませんわ。
ですが、付与アクセサリーを作ったときもこんなものでしたわよね。魔法を付与した場合は、意識を研ぎ澄ませれば付与物から魔力を感じますが…」
魔力を感じられるように、カツサンドを見る。そこにあるのはカツの熱でちょっと野菜がしんなりしたカツサンドだ。魔力の流れは感じられない。
「付与物から感じる魔法は、付与魔法の方では無い、ということなのでしょうか。
…これ以上は私ではわかりませんね」
ルイにはさっぱりわからないが、ウィリアムであれば鑑定できるだろう。
時間の区切りもいいので自力での解析は諦めてさっさと持って行くことにした。
「ああああ昼飯! 昼飯休憩にしようカイムそうしよう!」
「…まぁ、確かにこれ以上続けてもウィリアムさんの集中力は持ちませんね」
カツサンドを持ってウィリアムが隔離されている部屋に行くと、師匠に大歓迎された。朝の時点よりも老けたように感じられるほどのくたびれ具合だ。
「お疲れ様です。
とりあえず作ってみましたのでどうぞ」
「ありがとー。カイムも食ってく?」
ウィリアムの一言で一瞬動揺してしまう。
今トレイの上にあるカツサンドの半分はスキル付与をチャレンジしたもの。もう半分はいつも通り身体回復を付与したものだ。特に身体回復付与は慣れない事務仕事で疲れているであろうウィリアムのことを考えてかけたので、普段ルイが食べているものと変わらない。かなり効果を感じやすいものになってある。
どう阻止しようかと考えを巡らせる前に、カイムに鼻で笑われた。
「ははは、遠慮しておきますよ。
自分はウィリアムさんと違って鋼鉄の胃袋はありませんので」
「確かに神経質でひ弱な胃をしてそうですものね。胃を痛めると吐息が異臭になるそうですのでくれぐれも気をつけてくださいまし」
なんというか、何故彼はここまでこちらを目の敵にするのだろうと不思議に思う。
咄嗟に応戦してしまったが、少し品のない言い回しだったろうか。良い胃薬を紹介しましょうか、あたりでよかったかもしれない。
が、カイムにはそれなりに効果があったようで、苦々しい顔をしながら退室していった。
「いやぁ、仲いいね君ら」
「はい?」
「いや、カイムって事務的なこと以外あんまり喋らないからさ。
わざわざ自分から絡むの珍しいなぁ、と思って」
「私としては事務対応で構わないのですけれどね…」
逆方向の特別扱いをされても対応が面倒だ。
「それにしても…一応スキル付与を試みたのですが、カイムさんを誘うと言うことはひょっとして全部失敗ですか?」
「あ、もしかして付与したものはカイムにも食べさせない方針だった?」
「えぇ、まぁ。特に身体回復の付与をした方は効果が如実に表れるはずですので、知らない人には食べさせたくありませんね。
効果を弱くしていたら「ちょっと体調がいいな」くらいですむとは思いますが。
今回は事務仕事嫌いの師匠のためにそれなりに盛りましたから」
「なるほどなるほど。
ごめんね、そっちまで頭が回ってなかったよ。
俺としてはカイムは身内のつもりだけど、君にとってはそうでもないもんな」
「そうでもないどころか無駄に敵認定されているようなので、施しはしたくありませんね」
にっこり笑って拒絶する。別にどうでもいい存在ではあるが、噛みついてくる相手に優しくするほどルイは慈悲深くない。
「んー…あれはあれで一目置いてるとは思うんだけどなー。
まぁおじさんには関係ないか。ってことで食べていい? 良い匂いするー」
「ウィリーさんにはこれは良い匂いなのですね。
私は調理中からなんだかおなかいっぱいで…」
室内にあったお茶道具でウィリアムがお茶を淹れてくれた。
二人揃って食事前の祈りを捧げ、食事を始める。
「うまーい。揚げ物久しぶりに食べるなぁ」
「ダリアムでは一般的な調理方法なのですか?」
ジャナンナでは全く目にしたことがなかった揚げ物だが、ウィリアムは普通に知っているようだ。
「んーどうだろう?
ダリアムってさ、他国からは悪食の国とも言われてるんだよなぁ。
ほら、ダンジョンがあるから色んな国の色んな食材が手に入りやすいだろ? そのせいもあって、食に対する禁忌とかが薄いんだよな。
っていっても、一般的な家庭では油の大量消費はもったいなくてあんまりしないんじゃないか?
ハレの日のごちそう感覚っていう感じ」
「なるほど。確かにあの油の量は心臓に悪いですものね」
「でも、美味いよマジで。頻繁に食べられるもんじゃないから更に美味しく感じる」
「それは良かった。
で? スキル付与は出来てるのでしょうか?」
料理を美味しく食べて貰えるのはやはり嬉しい。食べるのがはやいウィリアムはルイが手を付けるよりも早く二つ目に手を伸ばしている。本心で美味しいと思って貰えてるのがわかる。
が、今回の料理の目的は二つあった。
一つは初めての"揚げ"なる調理法にチャレンジすること。こちらはウィリアムの反応を見れば成功だとわかる。
だがもう一つの目的、スキル付与についてはウィリアムの鑑定スキルにかかっているのだ。
閲覧ありがとうございます。
昨今のアレコレで、もしかしたら毎日12時更新が滞るかもしれません。
のんびり待っていただければ幸いです。




