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師匠であるウィリアムと、初めての乾杯をした日の夜。
宿の一室で、久しぶりの湯を堪能したルイはご機嫌だった。
覚悟はしていたものの、やはり数日間思ったように身ぎれいに出来ない生活というのは想像以上のストレスだったようだ。
それに、今日は安心して眠ることができる。これも実は贅沢なことだったのだと身にしみて感じていた。
「…水魔法さえ使えれば…。と思ったのですが、水魔法が使えたとしても自分の身を守れなければ湯に浸かるのは無理ですわね…」
いつ何に襲われるかわからない大自然の中でお風呂に入るのは正直無理だろう。失伝したといわれる結界魔法などがあれば別なのかもしれないけれど。
ともあれ、今はないものねだりをしている場合ではない。
折角ゆっくり休めるのだから、今できることをするべきだ。
「本当はすぐに寝てしまいたいけれど…ちょっとだけ…」
警備がしっかりした高級宿という謳い文句通り、部屋の中は様々な魔力が絡まった気配がする。盗聴防止や侵入防止などの付与が何重にもかけられているのだろう。これはジャナンナ出身のルイにとってはなじみ深い気配だった。むしろ、今までの道中で全く感じなかったのが少々不安になるほどに。
守られているような安心感が、とろりと眠気を誘ってくるけれど、まだダメだと首を振って眠気を飛ばす。
この部屋は、調度品もそれなりに揃えられていた。恐らく国の重鎮なども利用することがあるのだろう。部屋は宿にしては広く作られており、生活に不便しない程度のものが揃えられてた。
その中の一つである備え付けられたテーブルの上には、一枚の紙があった。
ウィリアムが書き取ってくれた、ルイのスキルと魔法の一覧だ。
「…わかってはおりましたけれど、本当に私は水の才能がないのですね」
ウィリアムには、様々な情報が数字として可視化されるらしい。
数字が大きいほどレベルが高いのだとか。ルイの場合、算術などの事務系スキルや料理のレベルはかなり高かった。他にもそれなりにスキルは習得していたようだ。どれも今までの生き様を反映しており中々興味深い。
ただ、次々に書き出される情報量の多さに思わずウィリアムの心配してしまった。これほどの量の情報が見えている視界はどんなものか、想像もつかない。
ウィリアムが書き出している最中に、ポロッとそんなことを言うとウィリアムは複雑そうな笑みを浮かべてこう言った。
「うん、スキルに目覚めたときは情報を処理しきれなくて三日くらい寝込んだよ。
スキルレベルが上がるにつれて、少しずつ情報量を操作できるようになったんだよね。
それでも気を抜くと見えちゃうから困るんだよなぁ」
何でもない風を装っていたが、それがとても大変なことくらいは想像できる。スキルに目覚めた時が何歳かはわからないが、もし分別のつかない子供時代だとしたら更に大変だったことは間違いない。子供であれば悪気も何も無く口にしてしまうからだ。
例えば、剣を一生懸命練習している人に剣の才能が無ければ素直に「やめた方がいい、才能が無い」と本当のことを言ってしまうだろう。
ウィリアムが鑑定スキルという才能をネガティブに捉えているのには、恐らくこういったことに近いことがあったからではないだろうか。
ともあれ、それはルイには何の影響も及ぼさない。
「10年以上の鍛練でも身に付くかどうかのレベル…。
とりあえず10年は経過していますので、あとは鍛練あるのみですわね」
魔力は眠る前に使い果たすとあがる、というのが現在のジャナンナでの研究結果だ。眠ったときに魔力は回復されるが、その時に魔力の残量が0に近いほど総魔力量が増える。
ただし、魔力の残量が0に近ければ近いほど体調不良になり、0になると気絶する。
それなりの苦痛を味わうことになるため、大体の人間は体調不良を感じる手前でやめていた。どんなに研究熱心であっても思考が鈍り記録をとれないほどの苦痛は耐えがたかったらしい。
ルイも例に漏れず、気絶するまで使ったのは幼少期くらいだ。水魔法が使えない落ちこぼれと蔑まれ、ムキになって反抗していた時代だ。その時は絶対見返してやると吐いても倒れても毎日毎日魔力を使い果たしていた。そのお陰で魔力の総量が増え、水魔法以外が人並みよりも上のレベルにいけたのだ。
あの頃ほどの情熱はもうないので、頭痛とめまいがする程度でやめている。
「今日は…異空間の拡張を試みましょうか」
見た目に派手な属性魔法は下手をすると騒ぎになるのでふさわしくない。
異空間を扱う時空魔法であれば光ったり大きな音がしたりなどはないので、周囲に迷惑はかからないだろう。
一度異空間にあるものを取り出してから、異空間に魔力を注ぐ。
集中しているつもりではあるけれど、慣れからか今日ウィリアムと話していた内容が思い出される。
(最終目標、と言われても正直ピンとこなかったのは事実なのですよね…)
とにかく、逃げることで精一杯だった。
そして今は色々選択肢はあったけれども、不自由よりは自由でありたいと自力で冒険者Cランクを目指す。
ここまでは、半ば流されるように決まったことだ。
ルイは料理が好きだ。
ウィリアムに美味しいと言ってもらえて、食べてもらうことも好きだということがわかった。あの台詞が打算からきたものであっても、やはり嬉しいことにかわりはない。
それと同時にやはりルイは魔法大国ジャナンナの出身であり、研究をすることも好きなようだ。
(…魔法やスキルをこっそり付与して、客で人体実験をする店というのは正直人道的にまずいですわよね。
でも、この店の料理が美味しい上に、食べるとちょっと体調が良くなる、みたいになれば…。
いえ、鑑定スキルというのはそこまで珍しい才ではないとウィリーさんは言っていました。バレると面倒なことになりそうです。
そういった面倒を叩き伏せられるくらい強くなれればよいのでしょうけれど…)
考えているうちに、気分が沈んでいく。
付与魔法はルイが考えている以上に危険なモノのようだ。使えば使うほど、ルイの自由が狭まっていくような気すらしてくる。
「…魔力を使いすぎましたわね」
魔力を流すのをやめて目をあければ、視界がぐらりと揺らいだ。
やはり、魔力の使いすぎだ。これは立証されていないが、魔力を使いすぎると思考がマイナス方面にいきやすくなる。少なくとも、ルイは経験でそれを知っていた。
もっとも、気絶するまで魔力を使い果たしていた頃は気分が沈むことはなかった。どうにかして見返してやる、もしくは、きちんと自分もガルニエ公爵家の一員だと認めさせてやる、そういった感情ばかりが先行していた。落ち込んでいる暇などなかったのだ。
結局、その思いは成就することはなかったけれど。
あのときと今は違う。今のルイには大きな目標も熱意もなかった。
だからだろうか。どうしても不安にとりつかれてしまう。
「一人の人間として自由に生きたいというのは、なかなか難しいことなのですね」
少し弱気なルイのつぶやきは、きちんと防音が施された室内で誰に聞かれることもなくかき消えた。
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昨今のアレコレで、もしかしたら更新が遅くなってしまうかもしれません。
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