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「んー。この案件、お弟子さんだし聞いてもらった方がいいのかよくないのか…。
ま、その判断もお偉いさんがするか。
とりあえずホールで待ってて。必要なら誰か呼びに来るから」
「わかりました」
ダンジョン大国ダリアムと魔法大国ジャナンナの国境、そのダリアム側の街はトースと言う。国境近くと言うのもあり、近くにあるダンジョンは一つだけらしい。
ただ、ジャナンナから輸入される魔道具が安く手に入りやすいということもあってそれなりの賑わいを見せていた。
そのトースの街の冒険者ギルド前でウィリアムと打ち合わせをして別れる。
冒険者ギルドの入り口ホールはそれなりの人で溢れていた。こういった空気は新鮮で、思わずキョロキョロとあちこちを見回したくなる。
(あまり目立つことはしたくないし、おのぼりさんとして絡まれるのも御免だからできるだけ目立たないようにしておきましょう。
でも露骨に気配を消すとかえって目立つのかしら?
普通の加減、というのは難しいものですね)
本当であれば目を凝らして様々な趣向の凝らされた冒険者たちの魔道具を観察したいし、後学のために依頼が貼ってある掲示板も見たい。
本棚もあるので冒険者の基本を記したような書物もあるのだろうか。
(ウィリーさんに注意されたのは言葉遣いと立ち振る舞いだったはず。
なら、まず喋らなければ目立たないのでは?)
その前に、顔を晒して立っているだけでそれなりに目立つのだが、その忠告はすっかり抜けていた。そもそも、社交界で男性はまず女性を褒める。ドレスの色でも、形でも、容姿そのものでもとりあえず褒めなければならないという暗黙のルールがあった。そのルールをガン無視してこき下ろしてきた球体という例外はいたけれど。ようするに、ルイは容姿を褒められるのに慣れきっている。また、美しくあるようにと努力もしてきたため、当然と考えている部分もあった。
せめてウィリーが直前にもう一度フードを被るように指示しておけば少しは変わったかもしれない。が、それも後の祭りだ。
「…なんか、場違いなのがいるな」
「だなぁ…」
ただ、幸いだったのが、あまりにもルイが場違いすぎたことだ。
困っている風でもなく、そこにいるのが自然という形でまっすぐ本棚に向かったことで、誰もかれも声をかけそびれてしまった。
もし、キョロキョロと辺りを見渡すような仕草でもしていたら、即座にナンパをされていただろう。だが、その口実も得られなかったため、ギルド内部は遠巻きにルイの様子を観察していた。
(冒険者ギルド心得…まずはこういったもので基本を押さえた方がいいですね)
本棚まで足を運んだルイが手に取ったのは、棚の中で一番分厚い本だ。
それをざっと速読していく。内容はギルド職員として勤めるのであれば知っておいた方が良い細かな情報が載っていた。違反金の項目や、徒弟関係なども詳しく掲載されていたのでルイとしてはなかなか良い情報を得られたと満足していた。
ちなみに、冒険者の識字率はそこまで高くはない。最低限、依頼書が何を意味しているかがわかる程度だ。例えば依頼書には『掃除・採取・退治・討伐・護衛・宅配』などのおおざっぱな分野が書かれており、冒険者たちは最低限それを読めるようにはしておく。どちらかと言えば記号として認識しているような状況に近い。
そして、その依頼を受けるときは、その依頼書を持って受付に行き、詳細を聞くのだ。もしその詳細を聞いて自分の手に余るようであれば、取りやめて次の依頼書を持ってくればいい。そうしているうちに段々と字を覚えていくものだが、積極的に読書をしようという冒険者は少ない。
ましてギルドの棚に置いてある本を読もうとする人間はとても稀だ。特に分厚く、書きまわしがややこしいギルド職員用の本を読む人間は皆無と言っていいだろう。
「…なんつーか、見てるだけで頭痛くなってきた」
「つーかなんであんなにページめくるのはやいんだ?
あれ、読めてるのか?」
そんなざわめきがあるが、ルイは気にしない。
もともと陰口をたらふく言われる立場だったルイには、意図的に周囲の声をシャットアウトするクセがあった。もし、きちんと聞いていたら目立っている自覚くらいは持てただろう。自覚があったとしても、それをどうこうする術があったかというと微妙だが。
そんなわけで、周囲の声をシャットアウトしているルイは次の本に手を出す。
冒険者という職業の人間を大まかに分類した本だ。
敵の攻撃を引き受けるタンクや、回復を担当するヒーラーなどのことが書かれている。
(…なるほど、商人と一口にいっても芸を見せる旅一座や行商人、店を構えるにしても料理人から武器防具屋まで幅広いように、冒険者も細分化されますのね。
ウィリアムさんは…密偵だそうですけど、そうなるとこの役目で言うと盗賊あたりになるのでしょうか?
私は…おそらく魔法使いですわよね。まさか料理人が冒険に同行するとは思えませんし…って、あるんですね?)
パラパラとかなりの速度でページをめくりながらも、しっかりと目を通す。すると、分類の中に料理人という枠を発見した。
(なるほど…。確かに長い旅路の中でパーティの健康管理は大事ですものね。ですが、その場合何をして戦うのでしょう?
武器は…主に包丁やフライパン。…それは、衛生面は大丈夫なのでしょうか。
あ、よく読むとこれらの分類は兼業する人間がほとんど、と書かれていますね)
確かに魔法が使える剣士もいれば、魔法と薬草の知識を使い回復を一手に引き受ける人もいるだろう。であれば、多少魔法の心得がある料理人がいてもいいはずだ。
(…正直魔法で生き物の命を奪える気がしません。
徒弟制度を利用すると決めたのですからそうも言ってられないのでしょうけれど)
流石に自分の命が危ないときであれば、咄嗟に命を守る行動にでることもあるだろう。それでもルイは極力命を奪う行為はしたくなかった。
(命を奪うかもしれない魔道具をこれから売りさばこうとしているのに…矛盾してますね)
パタンと本を閉じ、一度思考を止める。
予想していた未来とは大きく異なる道を歩んでいるため、どうも不安になったようだ。数年以上感じたことのない弱気の虫が出てきたのかもしれない。
味方がいないということは今までと変わらない。そう思ってきたはずなのに、いつのまにか誰かを頼れるかもしれないと甘い考えに支配されていたようだ。
(…こんなことではいけませんわ)
ウィリアムはある程度信用できる。
だが、心から信頼できるかといえば難しい。
いつ裏切られてもいいように、独り立ちできる備えをしておいて損はないはずだ。
そうなると欲しいのは冒険者としての知識である。望んだことではないが冒険者ギルドに登録した以上、それらもうまく活用した方が楽に生きていけるだろう。
(時間がある限り、ここの本は読んでおいたほうが良さそうですね)
この世に無駄な知識などはない。
グッと拳を握りしめて気合を入れなおし、次の本を手に取った。
閲覧ありがとうございます。
明日こそは12時頃更新予定です。
皆様それぞれ大変かとは思いますが、頑張りましょう!




