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「…これで大丈夫なんですの?」
「はっはっは、そんなもんだ」
今、ルイはとても困惑していた。
現在の場所は、国境の街カランの冒険者ギルド前だ。
「だって、もっとこう! 手続きとか! 説明とか!」
ルイがウィリアムに先導されて、冒険者ギルドに足を踏み入れたのが十数分前。そして今、ルイの手には『弟子』と但し書きがついた冒険者カードがあった。
「おかしくありませんか!?
登録の方は簡単な説明を聞いたり、用紙に書かれたことを読んで、最後に名前を書いて終わり!
徒弟の関係も、簡単な注意事項の説明と、解消後の支払い金について互いに合意するサインをするだけで終わり!
確かに多少説明はありましたけれど、あまりにも杜撰では!?」
あの場で下手に突っ込むと、色々バレてしまう恐れがあった。そのせいでルイは口をつぐむしかなかったのだ。
しかし、どうしても納得がいかない。これでは新人冒険者は簡単に詐欺に合うのではないだろうか。
「うーん、文字の読み書きができる時点である程度省略されるんだよな。
ほら、冒険者って割りと食いつめて仕方なくっていう奴も多いから、そもそも読み書きの前に倫理観あたりからダメってやつ多くて。だから、読み書き出来る程度の教養があるとああいう対応になる。詳しく説明せんでもわかるだろってね。
あと、冒険者ギルドって来るもの拒まず去るもの殺すだから。
…とりあえず歩きながら話すか」
「待ってください、そんなヤクザな場所なんですか」
手続きはあっさりしすぎ、去ろうとすると殺されるだなんてそんな情報は知らなかった。
歩き出すウィリアムに合わせてついていくけれど、そこまで物騒なのであれば色々考え直したくなってくる。
今さら逃げられないとわかっていても、だ。
「そもそもね、冒険者ギルドの冒険者資格っていうのは、どんな生き方をしようとも持っていて邪魔になるもんじゃないんだよ。
だから去る人はほとんど後ろ暗いことがあって去る。だから、殺される」
冒険者ギルドで守るべきことは三つだけ。
冒険者ギルドが不利益を被るような行動を意図的にとらないこと。
活動先の国の法律を守ること。
同業者殺しをしないこと。
これだけだ。
最初の、ギルドに対する不利益うんぬんも、意図的でなければ情状酌量が認められるらしい。
「ですが、持ってるだけだといずれ最低ランクに落ちてしまうでしょう?」
「そうだな。けど、そういうのは滅多に起こらない。
最低ランクに落ちる条件はさっき聞いたよな?」
流石に先程聞いたばかりの情報を忘れたりはしない。
「えぇ。半年以上の依頼未達成の場合、ですわ」
「そう、正解。
しかし、生きていく以上金は稼がなきゃならないから、半年以上も依頼未達成っていうのはほぼありえないんだ。依頼をこなさなきゃ金は稼げないし、冒険者以外で暮らしていけるほど稼げるなら、冒険者ランクが最低でもそこまで困らない。
依頼はえり好みしなきゃゴロゴロしてる。
今回は俺も君も早めに出国したいから依頼掲示板は見てこなかったけど、一番下のランクには街の清掃なんかもあるんだぜ?
それなら君単独でもなんとかなるだろ」
「それは…まぁ…」
求められるレベルがどの程度かはわからないけれど、とりあえず体裁が整う程度に清掃するくらいならできそうな気がする。
「冒険者という名前に惑わされて、戦ってばかり命のやり取りばかり…と想像しちゃうだろ。でも実際は、仕事を選ばない何でも屋っていう側面がでかい。
例えば商人の代わりに配達、薬師の代わりに薬草採り、珍しいとこだと急病人に手当て、とか。ゴミの焼却処理、街の清掃。
計算や読み書きが得意ならギルドで下働きってのもあるな。安全安心かつギルドの信用も得られる割のいい仕事だ」
「ギルドの下働きも冒険者の範疇なんですね」
「そらそうだ。冒険者ギルドの事務処理をするために商業ギルドから人を雇うよりはよっぽど安上がりだからな」
「あぁ、なるほど。
プロに頼むとお金がかかるのは当然ですものね」
一人納得していると、またもウィリアムから物騒な言葉が飛び出る。
「まぁ商業ギルドの人を雇うとスパイされる可能性もあるからあんまりやらないってのあるけどな」
「スパイ…」
世の中はスパイに満ちあふれているのだろうか。目の前のウィリアムだってそういった仕事がメインなわけだし。
確かに魔法大国ジャナンナの魔法技術を盗もうとしている輩がいないわけではなかった。しかし、盗むにしても膨大な魔力を前提とするデータが多すぎて盗んでも実用不可という技術が多かったように思う。
もしかしたら、あの王が秘密裏に処分していただけかもしれないけれど。
「仕入れ単価とかルートとか漏れると厄介だろ。漏れてもいい場合もあるっちゃあるんだが」
「ギルド同士仲良しこよしってわけでもありませんのね。
ですが、そうなると商業ギルドにも所属している私はいいんでしょうか?」
敵対しているわけではないだろうが、明確に線が引かれているようだ。
ちなみに、本当は魔法ギルドも含めると3つである。めんどくさくて自己申告はしていないし、もうルイーゼに戻る気もないので、実質ないようなものだが。
「他ギルドにバレたくない仕事を振るときは条件がつけられているから平気だ。
もし条件もつけずに無差別に人を募ったならギルドが悪い」
「なるほど」
「で、話は戻るけど、冒険者ギルドの駆け出しランクを維持するだけならそんなに難しくはないんだよ。
ギルドに金おさめればいいから」
「まぁ…冒険者ギルド以外の場所で十分生活していけるほど稼いでる証明にもなる、というのはわかりますけど…」
先程説明された中で一番驚いたことだ。
最低ランクの冒険者である証明というのは金で買える。もちろん、そこそこいいお値段になるため、依頼を一度こなした方が楽ではあるけれど。
「最低限の倫理観があって、パーティに所属していれば自分を食わせてやれるだけ稼げるってのが、弟子の一人立ち認定されるCランクだ。
ルイが目指すのはここだな」
「かなり不安ですわ」
「まーそうかもしれないんだけど、実は抜け道があるんだなこれが。
っと、話している間に着いたな。んじゃさくっと出国するか」
到着したのは白い外壁が印象的な建物だ。
ここから先は異国になるというのに、あまり緊張感がわかない。もっと厳重に警備されていると思っていたが、実際目にしてみると人がまばらなせいだろうか。
しかし、そのからくりは目を凝らすとすぐにわかった。
「…なるほど、魔力障壁がありますのね。でしたら人数が少ないのも頷けますわ」
「流石だな。
ジャナンナとの国境はどこもこんな感じだよ。毎年警備がガバガバだと勘違いした馬鹿とか、ダリアム側の国境警備の新人がひっかかるらしい」
「それはお気の毒様です。結構痛そうな作りですもの」
ルイの目に映っているのはユラユラと不規則に光を反射する魔力の壁だ。ルイが全力で挑めば穴をあけるくらいはできそうではある。だが、無防備にあの領域に足を踏み入れたら痛いだけではすまされない。しばらくは起き上がれない程度のショックを与えられることになるだろう。
「…もしかして、ウィリーさんの怪我って、アレ浴びたんですか…?」
「たぶんそうなんじゃないか?
滝もここからそこまで遠くはないし…。
でも滝落ち最中に器用に国外へ出ないように、なんてできるはずないってーの。痛くても強行突破以外ムリ」
「…ほんと、良く生きてましたわ」
「結構頑丈だからね」
そんな会話をしていると、出入国検査場所へ到着する。一般出国口ではなく、貴族や各ギルド内でも高ランクに位置する人間が通る方だ。
そこでやっと現実感が出てくる。ここで万が一見つかってしまえば人生が終わる。その事実に胃がキュウと縮まった気がした。
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