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「おじさんはウィリアムっていうんだわ。気軽にウィリーさんと呼んでくれていいよ」


「あっはい」


 助けたおじさんは結構気さくな人間だったようだ。

 こういった人間は社交界にもいた。が、一見気さくに見えるタイプの人間は大変腹黒いオーラを出していたものだ。ただ者ではないんだぞ、と内外に見せつけていた、というか。力比べを挑んできていた、というか。

 目の前のおじさんは、そういったわざわざ見せつけるようなオーラは出していない。そのため、どう接して良いか戸惑ってしまう。

 ちなみに社交界でそういった力比べを挑まれたルイーゼは、魔力を目に見えやすい形で発露するというやり方で乗り切っていた。実際問題、水の公爵家に生まれながら水魔法の素質を持たないというだけで下に見てくる人間は多かった。そういった輩が力比べを持ちかけてきた場合は、その他の魔力の実力を見せつけるに限る。大体はそれでルイーゼの実力をわかってくれるし、わからない場合は魔法がわからないバカということになるからだ。


「いやぁ、君は命の恩人だよ。

 俺冒険者で、ちょっとした調査みたいなのを引き受けたんだけどねー。相手さんが予想の十倍くらいの人数がいたわけ。いやーまいったまいった。

 なんとか調査自体は終わったんだけど、流石に見つかっちゃってさー」


 おじさんはかなり饒舌だった。

 話を総合すると、おじさんはどうやら冒険者で、スパイのような仕事を引き受けたらしい。不正の証拠を集め、それで告発するつもりだったようだが、相手方に見つかってしまった、とか。矢を射かけられて負傷し、一か八か滝を飛び降りたらしい。


「無茶をするんですね。普通なら死んでましたよ」


「いや、あの場にとどまる方が死んでたよ。しかも、無駄死にだ。

 最悪俺の死体があがったことが伝わってくれれば、調査中に殺されたかもって疑念を抱いて貰えるじゃん?」


「…危ない職業なんですね」


「ま、冒険者なんて多かれ少なかれそんなもんだから気にしないでいいよ。

 ていうか、そう言うってことはお嬢さん冒険者じゃないんだよね?

 なんで野営なんか…」


「先程も言いましたが、あなたが訳ありかと思ったので。

 それにもともと節約のために野営する予定でした。商人としてダンジョン大国ダリアムに行こうと思ってまして。

 これでもこの国で色々学びましたから、ゴブリンくらいになら遅れはとらないと思ったんですよ。

 …人を拾うとは思いませんでしたけど」


 話がこちらに飛んできたので、予め考えておいた設定を話す。全くの嘘というわけではないし、少なくとも表情に嘘を滲ませるようなヘマはしない。


「節約って言ってもやっぱ危ないよ? 心配だなぁ」


「護身具も装備していますし、何より身体魔法が使えますから。

 じゃないとこんな細腕でおじさんを運べるわけないでしょう?」


 実際は風魔法とかも使ったけれど、これも嘘ではない。


「まぁ確かにそうなんだけどさぁ…って、あぁ、俺ちゃんとお礼も言ってなかったね。

 君のお陰で命拾いしたよ…えっと」


「ルイ、です」


「ルイさんほんとありがとうね。お礼は必ず…と言いたいところなんだけど大部分流されたみたいだなぁ…」


「別に期待してないのでいいですよ」


 というより、実際はもうルイはもらっている。おじさんには人体実験の被検体になってもらったようなものだ。あの身体回復付与のジュースは、予想よりも回復が早かった。そのまま売ると効果があからさますぎるので、もっと付与する魔法を弱めるべきかもしれない。

 色々と研究の余地がある。

 それだけで、ルイには十分だったのだが、おじさんの方はそうも行かないようだ。


「えー? 借りの作りっぱなしはちょっと気持ち悪いなぁ…。っていっても俺こっちの国では正直何もできないし…。

 あ、そうだ。出国するなら一緒に行かない?

 俺あっちならそこそこ顔利くから」


「ほんとですか?」


 思わず食いつきそうになったが、そんなウマイ話があるだろうかと少し疑わしく思えてしまう。

 しかしながら、彼の傷は本物だったし、死にかけていたことも間違いない。少なくとも、二人の出会いが仕組まれていたことというのは考えづらかった。

 今までの会話で少なくとも出奔した公爵令嬢だということがバレて、国に突き出されるということだけはないはず。

 他に考えられる最悪の可能性としてあるのは、身ぐるみを剥がされて売られることだろうか。確かに相手の実力がわからないので、物騒護身具がうまく発動してくれるかはわからない。


「ほんとほんとー。

 いやまぁ疑わしいのはわかるんだけど…。うーん、不安なら街までおじさんの冒険者カードでも預かる?

 確かに女の子なら警戒はしといた方がいいのはわかるしなぁ」


 冒険者カードは再発行できるものである。

 とはいえ、身分証明書であることに変わりは無いし、再発行するには面倒な手続きもあったはずだ。それを預けようかとまで言ってくれているので、とりあえずルイはおじさんを信用することにした。

 ただし、護身具のことは教えないでおく。気が変わって襲いかかってくることもゼロではない。


「そこまで言ってくれる人の好意を疑い続けるのもよくないでしょうか。

 ではお言葉に甘えて一緒に出国させてください。

 …とりあえず今日はこのまま休んで、明日の朝一に出国でいいですか?」


「勿論。んじゃどっかから食料調達してこようかね…」


 そういって起き上がろうとするおじさんを慌てて止める。


「…怪我人が何を言っているんですか。

 今日はそこで寝てて下さい。もし余力があるんでしたら自分に身体回復を使った方がいいですよ。

 食事は私が用意しますから」


 そう言って、おじさんの目の前でアイテムボックスを開く。

 これは、牽制の意味もある。ここからどんな武器を取り出すのかわからないから、襲わない方が良いぞ、という意味を込めて。

 もちろん単純に、中から食材や調理器具を取り出すという理由もあるけれど。


「なるほど、アイテムボックス持ちか。道理で荷物少ないはずだよね。便利だよなぁそれ」


 おじさんはルイの牽制の意図にまるで気付いていないのか、アイテムボックスには驚いたものの、それ以上の言及はなかった。言われたとおり自分に身体回復をかけている。

 気になって魔法の使い方をチラチラと盗み見る。正直、その魔力の流れはルイに言わせれば下手としか言いようがないものだった。少なくとも魔法を使って何かをされても相殺できそうだ。


(国外ではこれくらいの魔法レベルが普通なのかしら…。

 とりあえず気を取り直して食事をつくりましょう)


 おじさんの前で食事を作る理由は主に二つ。

 一つは、何も変なモノをいれてませんよ、というアピール。

 もう一つは、アイテムボックス内に入れてある調理済みの食べ物は、全て付与がかかっているため食べさせられないからだ。

 あのお粗末な魔力の扱い方の人間が、いきなりほとんどの属性の魔法を使えるようになったら流石に違和感を抱くだろう。


「…うおお、めっちゃ豪華」


「そうですか? 遠慮せず召し上がって下さい」


 本日のメニューはボアの香草焼きとオニオンスープ、それと即席パンだ。作りたてなのでどれもまだ湯気を立てている。

 おじさんの目を盗んで、自分が食べる分にはいつも通りの付与魔法をかけておいた。


「いやぁ、流された時はどうなることかと思ったけど…。まさかこんなまともな食事にありつけるとはねぇ…。

 ありがとう、いただきます」


 促されるまま、警戒することも無くおじさんは食事を口に運ぶ。

 毒を盛られたとかいう心配は一切していないらしい。それでいいのだろうかと他人事ながら心配になった。


「は? うっま…。

 え? どういうこと? ジャナンナってマズ飯で有名なのに…って、あ…」


 一口食べて、思わずといった感じに言葉を漏らしてしまうおじさん。

 多分その言葉は本心なのだろう。気付いてからこちらの顔色をうかがうように視線を寄越してくる。


「あー…はい。本当のことなので構わないですよ。ジャナンナは効率第一で味は二の次ですから」


「ご、ごめん。他意はないんだ。

 でもほんと効率第一というか…味より栄養だろ、みたいなのばっかりだったからさ。

 あ、でもこの料理はめちゃくちゃ美味い。世界中あっちこっちフラフラしてる俺が言うから間違いない!

 商人じゃなく料理人でもやってけるんじゃない? それくらい凄い! 美味い!」


 そう言っておじさんは結構な勢いで食事をすすめる。本当に気に入ってくれたようで、顔がほころんでいる。表情だけ見れば少年のように見えなくもない。


「そう…ですか」


 少し、ルイの表情が崩れそうになる。


(…美味しいって言って貰えるのって、嬉しいのね)

いつも閲覧ありがとうございます。


お蔭様で10話までこれました。


少しでも「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら


ポイント評価をお願いします。


明日も12時更新予定です!




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― 新着の感想 ―
[良い点] お?タイトル回収でしょうか。付与飯?
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